2009年5月18日月曜日

高野山

クラブのアウティングで高野山に行く。
高野山は昔車で行ったことがあるはずだけれど、ほとんど何も覚えていない。
今回は「天徳院」という宿坊に泊まる。天徳院は加賀藩主の奥方の遺骨を納めたお寺だったそうで、庭は二条城の二の丸庭園を手がけた小堀遠州と言う人の作とか。

17日は雨が降っていたけれど会議をしていたので困らなかった。
18日は朝からからりと晴れ、行楽日和。荷物を宿坊に預け、奥の院を目指す。
「奥の院」とは、空海すなわち弘法大師が今でも住んでいるといわれる御廟が有るところ。弘法大師は最近はグラタンなどの洋食系統のお食事もするらしい。
奥の院口から奥の院まで約2kmでそこまで行く参道は20万基を越す供養等が両脇に並んでいる。
武田信玄や伊達政宗などの有名武将やお姫様のお墓が大きな杉の木立の中に守られるように苔むしている様は、お墓と言うイメージよりは名所旧跡と言う感じで、世界遺産に登録されているのも納得できる。



お昼は高野山大学の学食で取ったけれど、どこにでもある学食と変わらないように思う。

食後は壇上伽藍を見に行く。「壇上伽藍」とは総本堂として重要な法要が営まれる金堂や根本大堂など古い建物群があるところ。
壇上伽藍で目に付くのはやはり朱塗りの大きな「根本大堂」。中には人間が抱えられなくいくら大きな柱が16本あり極彩色できれいに塗られていた。パンフレットによく載っているけれど写真は上手にきれいに撮ってあると思った。実際は写真より落ち着いた色合いに思えた。内部は一般人の撮影は禁止。大きな仏様も4体あったけれど、左側の仏様は仏様らしくなくキリリとし、現在の人間に似せたようなハンサムさだった。

高野山の町はこじんまりしたところで、平日のせいもあり静かだった。
17日に電車で高野山に向かったときには、「新インフルエンザ」の発生は神戸などの数か所と言う報道だったけれど、その後どんどん増え、18日の帰りの電車の中では、80%くらいの人がマスクをしていた。




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