2010年12月18日土曜日

X'mas party & 忘年会 2010

恒例の"ウェンズナイト・ディベィト」のX'mas party兼忘年会が、ポトラックパーティ形式で開催された。
今年の出席者は11人。
私の準備したお料理は、押し寿司、キムチチゲ、サラダ、MCがアラスカから持ってきたスモークサーモンと、Nさんに頂いたボジョレヌーボー。

留学生のチエは京都のお酒の工場見学に行っていたので、参加が遅れ、MCは友達との他のパーティがあるので早めに切り上げ、参加者もそれぞれ遅れたりしたので、全員が一緒にいたのはほんのわずかだった。
ウェンズナイト・ディベィトとして発足してから17年と誰かが言っていたけれど、月に1回の顔合わせとはいえ、ずいぶん長い付き合いになる。
「皆、変わらないわね!」と言ったら「お互い歳を取っているから、わからないのですよ!」 「・・・納得」

MCが集合写真を撮る前に出かけてしまったので、彼女の写真をポスターにして配置しました。


MHさんがビンゴの景品用に持ってこられた「黒の野菜シリーズ」は大根も人参も外側が黒くて、ちょっと変わっていたので写真に撮りました。


大根は外側だけが黒で、中は普通の白色でした。にんじんはまだ切ってないので、中はどんな色なのか楽しみです。オレンジ色の普通の人参は比較のために置いたものです。

2010年12月5日日曜日

「日本の企業は英語を公用化すべきである」

ITCのカウンスル会合のプログラムで、ディベィトをすることになった。
論題は「日本の企業は英語を公用化すべきである」

企業とは、営利を目的として経済活動を営む組織体。日本には大企業から零細企業まで含め、約600万もの企業があり、それに従事する労働者は全人口の約半分、6000万人弱いる。
明らかに肯定側にとって不利のような感じがする論題だったが、肯定側も善戦して、12対8だった。

否定側は、「600万の企業の6000万人すべてに英語を公用化ということで強制するのは私たちが生きている間には不可能だ」と主張したにもかかわらず、肯定側からは「遠い将来には必要になるだろう」と、感覚的な回答しかなかった。

聴衆が審査員になったので、細かいことはさておき、自分の思いで判断したと思うより、12対8の回答は思いつかない。

否定側としては勝ったにもかかわらず、今一つ納得のいかない結果だったと思う。

ちなみに、私は否定側だった。しかし、実際は「英語を公用化」するほどではないが、英語はこれからますます必要になっていくだろうと思う、肯定側に近い考えの人間。

2010年11月25日木曜日

Hair Cut

ほぼ、2年ぶりに髪の毛を切った。

11月に入り、秋のせいかとは思っていたけれど、髪の抜けるのが気になって、よくよく見ると前髪のあたりが地肌が透けて見えるようになっていた。

もともと髪が太く、多い方だったので、地肌が透けるなどとは思ってみなかったので、少なからずショック。
9月、10月と「超」と言ってもいいくらい忙しかったため、10月の末には体調を壊して寝込む時もあったので、秋の訪れとともに体が弱って、髪が少なくなったのだと思う。歳には勝てないと再認識。
(>_<)
また、髪を伸ばしているのも少し毛根のためにはよくないのではないかと思い、朝から美容室に行きカットだけしてもらった。
久しぶりに美容院に行ったのだけれど、カットだけで5250円。
値段が高いのにも驚いた。

2010年11月13日土曜日

丹波 篠山

三田のおーさんの案内で、紅葉見物がてら、立杭「陶の郷(すえのさと)」→丹波焼の窯元路地歩き→兵庫陶芸美術館→有馬富士、と黄砂が飛来している中を行ってきました。
チエとMC、それぞれ自分のおにぎりは自分で作り、お昼のお弁当の出来上がり。MCは前に作ったことがあるとのことだったけれど、チエは初めておにぎりを作ったとのこと。

陶の郷では、丹波焼57軒の窯元の作品が展示販売されていて、それを見てまわりました。
窯元路地歩きは地元のボランティアの案内で、窯元が並ぶ路地を歩き、その中の2か所の窯元を見学。
「丹波立杭焼(たんばたちくいやき)は兵庫県篠山市今田町付近で焼かれる陶器、炻器。主に生活雑器を焼いてきた。丹波焼、または立杭焼ともいう。起源は平安時代にまで遡るといわれ、信楽焼、備前焼、瀬戸焼、常滑焼、越前焼と並び六古窯の一つに数えられる。

登り窯により最高温度約1300度で50~70時間も焼かれるため器の上に降りかかった松の薪の灰が、釉薬と化合して窯変、「灰被り」と呼ばれる独特な模様と色が現出し、また炎の当たり方によって一品ずつ異なった表情を生み出すのが最大の特徴である。ただし、高級品は登り窯によって作られるが、廉価の多くの陶器はたいていはガス窯で焼かれたものであり、見た目も品質も全く別物である。」
とのこと。

兵庫陶芸美術館では「パリに咲いた古伊万里の華」というタイトルで、古伊万里の展示を見る。
「有田焼(ありたやき)は、佐賀県有田町を中心に焼かれる磁器である。その積み出しが伊万里港からなされていたことにより、「伊万里(いまり)」とも呼ばれる。磁器生産の先進国であった中国では明から清への交替期の1656年に海禁令が出され、磁器の輸出が停止した。このような情勢を背景に日本製の磁器が注目され、1647年から伊万里磁器が輸出され、その名が知られるようになった」
とのこと。

最後に訪れた有馬富士と言われる可愛らしい山は、ふもとに茅葺の家と、その前に湖を配置し、一幅の絵になっていた。紅葉には時期的にはほんの少し早い感じだったけれど、黄砂がなければ、もっと素敵だったと思う。

帰りは三田から吹田まで、ふつうは30分くらいのところを2時間かかって帰ってきた。

2010年11月6日土曜日

健康フラダンス 

今日は、健康フラダンスのグループ「ククナ・オ・カ・ラ」の公民館デビューの日。

健康フラダスンのモットーは「楽しさ!」 
踊りも完璧を目指さない。
見る人・踊る人が楽しんでもらえればいいと思っている。

公民館からは30分の上演時間をいただいたけれど、メンバーが踊れるのは2曲だけ。私が1曲踊っても10分に満たない。

「ククナ・オ・カ・ラとは、ハワイ語で太陽の光のこと。豆腐のおからとは関係がありません。」と、
「綾小路きみまろ」もどきのギャグを入れた説明等で、どうにか15分になりそうだった。

観客は関係者だけの10数人ぐらいかもしれないと思っていたら、なんのなんの、前後出演する関係者がいてくださって、40から50人くらいいたと思う。

みんな頑張って良かった、と皆さんに言ってもらえた。
ブラウスとパウの取り合わせも可愛いと褒めてもらえて、メンバーは、次の公演が皆待ち遠しくなったと思う。

2010年10月11日月曜日

市民体育祭 2010

10月10日の予定が、雨のため1日延び、本日開催。
今年も朝早くから、留学生のチエとMCの3人で賞品係として参加。
チエの国の韓国でも、同じような感じで運動会をするそうで、日本のほうが皆真面目にきちんと参加しているとのこと。
MCの方は、アラスカでは運動会みたいなのはないそうで、すべてが初めてだったらしい。楽しかったとのこと。
お天気も良くなり、一日頑張ったので、二人とも赤く日に焼けていた。

私は二十数年も体育祭に参加するだけでなく、ほとんどをボランティアとして働き、それなりにゲームやくじ引きに参加してきたけれど、ほとんど何もあたることはなかった。
今年は買い物競争で5kgの新米が当たった。一昨年はブラシ、去年はキャベツ。
初めてまともな物をもらうことができた。
(^_^)/





2010年10月10日日曜日

ノーベル平和賞 2010

今年のノーベル平和賞に、中国の劉暁波(リウシアオポー)・54歳が選ばれた。

中国在住の中国人がノーベル賞を受けるのは初めて。
彼は、中国共産党による一党独裁の見直しや、言論・宗教の自由などを求めた「08憲章」というものを起草した中国人の人権活動家で、作家でもあり詩人でもあるらしい。

彼は今、08憲章を起草したことで、今年の2月から「国家政権転覆扇動罪」というもので、懲役11年の実刑判決を受けて投獄されているらしい。 今回、中国内では、ノーベル賞受賞者発表の様子を生中継していたアメリカのCNNテレビなどが、中国各地で突然真っ黒になって見えなくなったり、中断したりしたらしい。

この7月までいた中国からの留学生「桃花」が夕食の時の談話で、中国内の政治的なことなど中国政府にとって都合の悪いことは、日本人の私や、フランス人の「茜」より、知らないことが多いのに驚いた。

多分、今回のノーベル平和賞のことも彼女は知らないのだと思うと、知らせてあげたいとも思うが、知らせてあげることにより彼女が監視対象になるような気もして、躊躇する。

ともかく、ノーベル賞委員会は、中国のために、いいことをしたと思う。

2010年10月2日土曜日

留学生 2010

今年の留学生がやってきた。

9月の24日に韓国からの「チエ」
10月1日にはアメリカのアラスカから「MC」
二人とも、日本語を上手に話す。今日は三人で万博公園の近くと、大阪大学の校内を散歩する。 MCはお母さんが作ってくれた枕と毛布を、わざわざ持ってきていた。
(*_*)














2010年9月11日土曜日

Wedding 2

天気予報では雨とのことだったけれど、朝から青空の見える良い天気になった。

写真撮影のためにGovernment Houseに行く。撮影場所はローズガーデンとのこと。
お庭の開館時間が素晴らしい、「お日様が出てから沈むまで」!!!バラはそれほど多く咲いていなかったけれど、緑のきれいな場所だった。
家族写真や、それぞれの親族との写真を撮る。
4時から、Parkの池のそばで式を挙げる。
市の担当者が、牧師のようなことを言うのに従い、式次第が進む。池のほとりだったので、式の途中かもが「グワッ、グワッ」と発声。
牧師さんもどきいわく「はい、鴨も賛同しています!」
会場を移して、披露宴。
食事はビュッフェスタイル。
約130人の参加者なので、食事を取りにいけるのはテーブル毎、クイズに当たったグループから。
1番目の質問は、「花嫁の通っていた小学校の名前は?」
花嫁の母親の私と、弟の私の息子が手を挙げたけど、MCをしている新郎の妹が「花嫁のお母さん、お答えください!」
それで、私たちのテーブルが一番最初になった。
(^。^)v  (-.-;)
お食事は混まないように、前のグループの人がとり終わりそうなったころにクイズを始めるので、皆が取り終わるまで1時間近くかかった。
誰かがスプーンでコップを叩くと、皆が真似して大きな音になる。そうすると新郎新婦はキスをしなければならないのだとか。
新郎新婦の小さいころの写真を紹介、花嫁の花束やガーターをトス、ケーキカットをしたりしているうちに時間も9時過ぎになり、帰る人も出てきた。
若者は残ってダンスをするとのこと。
一日が終わった。


娘の結婚式

今日は、娘の結婚式。

髪の毛をアップしてもらおうとしたら、美容院がどこも満員で自分ですることになった。かえって良かったかも。他の人を見たら、一万円近くなのに、私が自分でしたのとあまり変わらなかったから。

お昼からは写真をGovernment houseの庭で撮り、4時から式があり、その後披露宴。

今は、将来の息子のお母さんの家で、待機中。

2010年9月10日金曜日

Reheasal Dinner

3年ぶりのビクトリア。
議事堂はそのままだけれど、町は確実に大きくなっている。
けれど、今まであったお土産屋さんが閉店したりして、以前と少し変わっても来ている。 町の中のポストが、いやにカラフルになっているのが目についた。

近未来の息子のお母さんの家で、リハーサル・ディナーを開催してくださった。
Oak Bayという小さな町の、静かな住宅街の中の家の裏庭。

お料理は義理のお父さんが数日かけて作ってくださったとか。
この家では、お父さんがお料理を担当らしい。
ハム、ポテトサラダ、サーモン、パスタのサラダ、いんげんの煮物、グリーンサラダ、フルーツ、パン、etc.
参加者は25人くらい。同じお皿がないので業者から借りたとのこと。
お料理はおいしく、楽しいひと時。
きっと本番もうまくいくことでしょう。




2010年9月5日日曜日

ESTA

娘の結婚式のため、カナダに行ってきます。
HISで航空券の手配を頼み、ETKT(Eチケット)が送られてきたので安心していた。

持って行ける荷物の重さなど、質問事項が出てきたので担当者に連絡をしたら、申し込んだときの飛行機の出発時間とETKTの時間が違っていて、申し訳ないと、電話がかかってきた。

お詫びに少し割り引きます、というので、内心喜んだ。

けれど、申し込んだときと違う飛行機の時間になっていたなんて、今までそんなことはなかったから、こちらから質問をしなかったら、時間が変更になっていたのを知らせてもらえなかったのではないかと、少し不安になった。

また、割引のことでその後連絡をしたら、「ついでですが、ESTAの手続きは済んでますか?」という。

何のことかと思ったら、少し前からアメリカに行くときにはESTAという手続きをすることになったという。そういわれてみれば、そんなこともあったけれど、私はカナダに行くのだから、関係ない、と思ったけれど、よく考えてみれば飛行機はシアトル経由だった。

言ってもらって助かった、と思ったけれど、こんなことは旅行社としてはわかっていることなのだから、申し込みの時に教えてあげるべきではないのかと、少し疑問に思う。
(-_-;)

2010年8月20日金曜日

大阪城 「城灯りの景」

行ってきましたボランティアに。
多分、気温は35度を超えているのだろうと思いながら、大阪城の「城灯りの景」のボランティアとして、灯篭の火入れ、火消しに参加しました。

16:00に大阪城に集合して市の職員から説明を聞き、16:30ごろから約1時間30分かけ、既に配置してあった灯篭にチャッカマンで火をつけていく。
300個つけ終わった時には約40分かかっていた。そのころにはもう火のついてない灯篭も残り少なくなっていて、合計で360個ほどに火をつけたことになる。
私の担当したのは大阪城本丸前の植え込みの中。 午後6時からの開始にはまだまだ灯篭の中にロウソクが灯っているのかどうかわかりにくかったけれど、夕暮れとともに徐々に灯篭が黄色く明るくなってきて、きれいになった。

終了は午後9時なので、それまでは自然に消えてしまったロウソクに再び火をつける。
時間は十分あるので、ライトアップした夜の大阪城を間近でゆっくり見たり、西の丸庭園で行われている灯篭の他、学生の音楽や出店も見学して、それなりに面白かった。

下の写真は上の写真を撮ったところとほぼ同じ所から夜になって撮ったもの。

9時の終了を待って火を消していくのだけれど、息を吹きかけて消す方法が簡単なのを発見。一生懸命していたら、大学生みたいな新入社員ぽいおっとりした女の子たちに「すごく早く消してましたね。仕方を教えてほしいくらいです」とか言われ気を良くした。ついでに「市の職員ですか?」と聞くと、「スタッフです」とのこと。このイベントのために雇われたイベント業者のスタッフとのこと。

今日のボランティアの参加者数を聞くと、約50から60人とのこと。400人募集していたけれど集まらなかったので、有給のスタッフを雇ったらしい。

家に着いたら23時を過ぎていた。さすが疲れた。

2010年8月5日木曜日

大阪城 城灯りの景(え)

「大阪城 城灯りの景 ボランティアを400人募集」と新聞の片隅に案内が出ていたので、今年の夏のイベントとして応募してみた。
今年で10回目だそうで、約2万本のろうそくを入れた灯篭を大阪城内に配置するとのこと。

「差支えなかったら、年齢をお伺いしたいのですが・・・」
「差し支えあります!」と言いつつ、年齢を答えてしまう悲しさ・・・。
(-_-;)

「おひとりですか?」
「!? はい?!」
一人で応募する人は少ないのだろうか・・・。

応募してから、早速友達に連絡をして、参加するか聞いてみた。
彼女は大阪城まで歩いて行ける場所に、何十年住んでいるにもかかわらず、このイベントは初耳とのこと。
宣伝というか、広報が行き届いていない。
主催者の一つは大阪市。
(>_<)

ちなみに、下の写真は昨年のものだそうだ。

今日は、説明会が大阪市役所であったので行ってきた。

市の職員らしき人が6、7人。
説明を聞きに来た人が約20人。
今のところボランティア参加者は100人とのこと。
(-_-;)

屋台が出るのでもなさそうで、しっとりとしたイベントらしい。
第1回目からのボランティアとして参加している人が、「お店を開いてもらったりして、もう少しにぎやかなのにしてもらえたらいいのに・・・」というようなことを意見として言っていた。
ここも民営化が必要かも。
(-_-;)

ともかく、「大阪城 城灯りの景」は8月20日と21日夕方5時ごろから、行燈の灯りがともります。
お時間のある方は覗いてみてください。

私もどこかにいるはずです。
見かけたらお声をかけてくださいね。
(^_^)/

2010年8月2日月曜日

我が家のブドウ

2009年、植木鉢に生えてきた緑の芽を大切にというか、興味津々に見ていたらツタみたいな葉っぱになった。
ブドウならいいけれど、ツタでもグリーンカーテンになるし、少し大きくしてみようと育てていたら、今年新しく伸びた枝の先に何かボソボソしたものがついて、それがだんだん丸くなり、大きくなり、ついには写真のような見事なブドウになった。
名前はわからないけれど、紫色で、大きさは十円玉より少し大きい。
皮は少し厚くて少し苦みがあるようなないような、でも中身はそれなりにおいしい。
我が家は生ごみを植木鉢に植えるので、時々サプライズに、素晴らしいものが生えてくる。
小さな植木鉢なのに頑張って、ブドウの房を6個もつけてくれている。
葉っぱが枯れたら、大きな植木鉢に植え替えてあげよう。

2010年7月31日土曜日

茜の帰国

茜が家族と日本旅行を終えて帰ってきた。
大阪→京都→東京→富士山→奈良→姫路→神戸→大阪と、十分楽しんできたとのこと。

お母さんはやはり京都の印象が一番良かったらしい。
弟は皆良かったとのこと。

富士山では雨が降っていて富士山の一部しか見られなかったけれど、雨がひどかったので雨宿りしていた旅館の人が親切に駅まで送ってくれた。
東京のある駅の中でカメラの電池が終わりそうだったので、ベンチのそばで充電していたら警察官が二人来て(ひょっとすると警備員かも)、充電してはいけないと言った。どうしていけないのかわからない。
新宿あたりでは弟がモデルにスカウトされたけれど、8月1日に帰るからできない、と言った。
たくさんの思い出ができたようだった。 簡単な昼食を皆でとって、今年はまだ元気なゴーヤと、いつも元気な風船蔓の前で記念撮影。

8月1日は朝早く出なければいけないので、今日はホテルで荷物整理をするとのこと。
「また来ますね」と茜がさみしそうに言った。
声優の学校に入るときには、また我が家にホームスティさせてくださいとのこと。

茜のお母さんは「フランスに来たときには、我が家に泊まってください」と言ってくださった。
「茜の結婚式にはフランスに行きますから、その時はよろしく」と答えた。
いつになるのかしら。
(^_^)/

2010年7月18日日曜日

茜の家族

茜のお母さんと弟が、フランスから16日に来日した。

茜はお母さんたちと一緒に日本を旅行して8月1日に帰国するので、荷物を整理し、雨の中を郵便局まで送りに行き、またその間にお土産を見つくろったり、USJに行ったり、忙しかった。

17日は京都の祇園祭に行ってきて、三人とも真っ赤に日焼けして、我が家にやってきた。
お母さんも弟も皆おとなしそうな家族だ。


茜がホテルに家族と泊まると出て行ったその夕方に、台湾から「あき」がやって来ていたので、彼女も一緒に夕食を囲んだ。
あきは身体が大きいのに性格はおとなしそう。「しずちゃん」と言ってもいいくらい顔もコメディアンの南海キャンデーズのしずちゃんに似ている。
(^O^)

お母さんはシャネルのNo.5をお土産に下さった。
最近あまり香水をつけていなかったので、これからは時々つけましょう。
(^O^)/

弟は片言の英語を話すけれど、お母さんは日本語も英語も話さないので、常に茜が通訳する。話したいこと、聞きたいことが沢山あるのに、言葉が通じないもどかしさを感じた。
その分、茜の苦労は何倍にもなる。
通訳、ガイド、ホテルの予約、その他諸々、することが多くて夜も十分眠れていないので、「疲れた!」とのこと。
若さで頑張ってください。

夕食が終わり、帰る間際に「茜はとてもいい子で、頭もよく、気も利いて、本当に我が家に来てくれて良かったです」と私が言い、茜が通訳してくれた。
それを聞いて突然お母さんが目頭を押さえ出した。
何が何だか分からず「娘さんはこれからあなたに返しますから・・・」とか言って、茜に通訳してもらおうと思ったら、「お母さんは、私がいろいろ良くしてもらって感激していると言ってます」と茜。
そんなに感激してもらうようなことはしていないのに、と思いながらお別れの挨拶をした。
(-_-;)
今朝、ふと考えた。茜のお母さんは娘のことを誉められたので嬉しくなったのだろう。
子供がほめられるというのは、親にとっては自分が誉められる以上に嬉しいときがあるから。
お母さんの涙の意味がわかったような気がした。
(*_*)



2010年7月3日土曜日

修了式 2010

早いもので、我が家の留学生も、来日してからもう10カ月たつことになる。

今日は修了式。
梅雨の真っ最中なので、朝から雨が降っていた。
修了式には浴衣を着ると張り切っていたけれど、雨のために家からは着て行けず、学校に行って着ることになった。
自分たちで着付けて、上手に着ていた。
(^O^)

今年も涙ぐんでいる人もいたけれど、昨年ほどではなかった。

修了式自体に参加したのは35人で、年々留学生の数は増え、来年は75人近くになるらしい。
人数が増えると対応も雑にならざるを得ないらしく、昨年まで紙ではあるけれどアルバムに入っていた写真は、ナイロン袋に入っていただけ。
ホストファミリーへのお礼も、渡せばいいでしょうという感じで、あわただしかった。
修了式の翌日は、日本語能力試験の日で、二人とも2級を受けるとのこと。
成功を祈る。
(^O^)/

桃花は20日、茜は8月1日に帰国の予定。

2010年6月25日金曜日

三田 (兵庫県)

花菖蒲で名高い、兵庫県の三田市(さんだし)の永沢寺(えいたくじ)という場所にある花しょうぶ園に行ってきた。
色とりどりの、いろいろな名前の花菖蒲が、今を盛りと咲いていた。
園内には、自分で蕎麦を打てる教室もある。
園の前には永澤寺と同じ字を書くお寺があり、お寺の名前は「ようたくじ」と読む。

同じく三田市には、出家し法皇となっていた花山(崋山・かざん)法皇が西暦1000年ごろの晩年に隠遁生活を送っていたという場所が、花山院菩提寺として残っている。
三田の3大名所(?)と言われるのは、しょうぶ園と崋山院と 本格的能舞台があるレストランの「三田屋」だそうで、その三田屋でステーキランチを頂いた。
レストランの内部は250人以上がお食事を出来るという大きなホールで、能楽堂や外の景色とともにとても素晴らしかった。
.
人口11万人と言われているらしい三田市には大きなコンクリート製の屋根つきの橋がある。車は渡れず人が横断するようになっている橋で、有名な人に作ってもらったらしい。相当の費用がかかっているように思えた。
時間的なものもあるのだろうが、誰も通っていなかった。
初めての三田市。雨に降られる前に散策も終わっていて、充実した1日になった。




2010年6月23日水曜日

読み合わせ

今日はCouncilの例会に女優の三林京子さんが講師として来た。

大阪生まれで、父親が文楽をしていたので収入も少なく、生活は貧しかったとのこと。

今は女優のほかに「桂すずめ」という名前で落語も時々しているという。

今日は台本を読んでその出来を彼女に評価してもらったのだけれど、メンバーの上手さに彼女は「何も言うことはないくらいです」と驚いていた。

本当に、役者顔負けのメンバーたちの読み方だった。


家に帰って、中学の時のことを思い出した。

国語の時間に何人かで読み合わせをする授業があり、私としては母親役を感情をこめて言ったら、他の人達に比べて感情を込めすぎたらしく、まわりがざわざわした。
先生は何も言わなかったし、そのあとしばらく他の生徒の見る目が違い、あんなに感情をこめて言わなければ良かったと、とても反省した。

昔はほめて育てるということはそれほど多くなかったし、周りの環境もそんな感じだった。
でも、一生けん命したことを誉めてもらっていたら、私の人生も変わっていたかも・・・。
(-_-;)


2010年6月22日火曜日

ルノワール展 国立国際美術館

大阪の国立国際美術館で開催されている「ルノアール展」を見に行ってきた。
メインは「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」


前回、京都で開催されたルノアール展より内容的には充実していた。
京都の会場の売店では、展示されていなかった「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」のマグカップを売っていて、見ていないのに・・・と少し残念な気持ちでありながらも買ってしまった。
家でマグカップを見ては楽しんでいた。
その絵がこの大阪ではメインで展示されていたのだけれど、マグカップは売っていなかったので、京都で買っておいてよかったと思った。

実際の絵はこの写真より、スカートの青い色がもう少しコバルト色というか緑がかっているような感じだった。
見ていて心が穏やかになるような感じ。

同時に展示されていた「団扇を持つ若い女」の絵も、日本的だと、人気があった。


梅雨に入って、雨が降るような朝だったけれど、絵を観賞して国立国際美術館を出るときには晴れていた。
湿度は高く、歩くのはだるかったけれど、見たい絵を観賞できて、気持ちはさわやかだった。


2010年5月27日木曜日

出雲・松江・米子

ITCの大会のために、米子に行くことになった。
どうせ米子に行くなら、近くの出雲大社や松江にも寄ってこようと、一日早く出発した。

出雲大社は大国主命を祀っていて、おとぎ話の一場面である「大国主命とウサギ」の銅像もあった。
本殿は修復中で見られなかった。
(>_<) 出雲から松江に行く。
松江城は黒くて堂々としていたけれど、どうしても姫路城や大阪城と比べてしまうので、質素でかわいらしいと思えてしまう。

宍道湖の夕日はきれいだとの評判だったけれど、あいにくのお天気で風も強く、可憐なイメージの湖と言うより、荒れている日本海、みたいな感じがした。
いよいよ、目的の米子。
米子の駅は特に何もなく、周りも特に観光するようなところもなかった。
会場のコンベンションセンターが駅から近くて、便利は良かった。
今回は、国際交流委員長としての報告と、スピーチコンテストの審査員補としての役目があった。
米子大会が終わったその日は、皆生温泉に泊まる。
皆生温泉と言っても、海辺にまあまあ沢山の旅館やホテルがあり、宿泊客はその宿泊所で過ごすだけらしく、特に町中にお店があるわけでもなく、海を見に行ってる人もなかった。
今にも降り出しそうなお天気の下では、灰色をした波が沖から押し寄せてきてコンクリートの防波堤にぶつかり波しぶきを上げている。少し怖い感じがした。
夜中も、波のうち寄せる音が地響きのように聞こえていた。
温泉のお湯は透明で熱いくらいだったけれど、疲れた身には気持ちよかった。
少ししょっぱかった。
山陰最後の訪問地は「足立美術館」
庭がきれいとの評判だったので、すごく期待して行った。
確かに、庭はきれいだった。
人工的というか、日本的というか。
窓が額縁のようになっていて、庭が一枚の絵になっている。
でも、人間は建物の中からしか庭を見ることは許されていない。
緑の葉に触れ、色とりどりの花のにおいを確かめながら、植物の息吹を感じ、植物の中を歩くことを想像していただけに、少し残念だった。

2010年5月1日土曜日

ボーリング 2010

ゴールデン・ウィークになって、息子から急遽帰省すると連絡が来た。
息子が来るならボーリングに行こうということになり、年に1度のボーリング大会(?)となる。
茜は昔したことがあるけれど、最近はしていないという。
桃花は生まれて初めてで、中国ではボーリングに行くのはあまり良くないことだという。
点数は、それぞれ、それなりに・・・でした。
(-_-;)
ボーリングの後は、いつものようにVolksでステーキディナー。
Volksの優待券も今回限りなので、なかなかVolksに行くこともなくなると思う。

今回は3人ともエジプトのヒエログリフの名前入りのシャツを着て「チーム・エジプト」を結成(?)しました。
茜が薄ピンクと白のアジサイ。
桃花が濃いピンクのアジサイをプレゼントしてくれた。
母の日のプレゼントとのこと。
ちょっと早目だけれど、ありがとう!
(^O^)/