お正月の御節を作ることにしました。
2008年12月29日月曜日
伊達焼きと黒豆
お正月の御節を作ることにしました。
2008年12月27日土曜日
中国の療法
我が家のこいさん(K)が、クリスマスの日をUSJで過ごしてきた。
冬になったとはいえ、今まではそれほど寒くなかったのに、その日から急に寒くなった。
朝から出かけて行ったのだけれど、曇りのような雨のような天気で、強い風まで吹きだした。
USJは海に近いから、吹く風も寒かったと思う。
最後までいるようなことを言っていたのに、夜10時30分頃には帰宅したので、どうしたのかと聞いたら、寒かったので早々と切り上げてきたとのこと。声がかれていた。
次の日はお昼頃起きてきて、喉が痛いという。風邪をひいたという。ご飯を食べ、お薬を飲んで家で休養することにするという。
夕方食事の準備をしていたら「今日の晩御飯はなんですか?」と聞くので「ピザとラーメンと・・・」と言いかけたら、「中国人は喉が痛いときには、辛い物と油の物は食べないので、ピザは食べません」と言う。身体に栄養をつけたほうがいいとは思ったけれど、ピザは食べないというので、お粥があったのでそれを出した。
私はピザを食べながら、喉が痛いときに辛いものを食べないのは分かるけれど、なぜ油物がいけないのか分からないと言うと、こいさんは説明しようとするのだけれど中国語では私がわからないし、英語や日本語では難しすぎて説明できないという。
「多分ピザを食べても大丈夫だと思うし、食べた次の日がもっと悪くなるというなら、食べてどうなるかやってみたら・・・」と誘惑してたら、そのうち「少し食べてみよう・・・」と食べだした。
(^o^)/
明日は元気になっていると思うけど、実際どうなっているのか興味津々・・・。
中国では、風邪をひいたときには鶏肉も食べないのだという。栄養が何とかと言っていたけど、理解できなかった。
風邪を引くと何故鶏肉を食べたらいけないのだろう?
(- -;)
2008年12月24日水曜日
太陽の塔のライトアップ
2008年12月20日土曜日
クリスマス&忘年会
2008年12月15日月曜日
中華料理
我が家のKは香港生まれの香港育ち。
「中国人はお料理が上手」と言う先入観があったので、我が家に来た中国留学生と言うことで、中華料理なら何でも作れるかもしれないという期待は大きかった。
来客があったときには何か一品作って欲しいと頼むと、「お料理は下手です」とのこと。両親が働いているのもあり、中学、高校、大学全て寮生活なので、食事を作ることはほとんどなかったらしい。
それでも、卵とトマトを一緒に炒めたのは中国の誰でも作る料理だというので、作ってもらうことにした。卵とトマトだけなので、簡単かと思ったけれど、そうでもなかったらしい。
どんな風に作るのかと思って覗きに行くと「見ないで!」
調理しているそばにあるお皿などを取りに行くと「見ないで!」
仕方がないので、テーブルについて待つことにした。
途中油がこげて煙が出たり、水蒸気がパーと一面に上がったり、見ない振りして見ていても少し心配になってきた・・・。
10分くらい過ぎて、大丈夫かと思い始めた頃、出来上がりと言って持ってきた。
「下手!」といいながら作ってくれた割には上手だったので「おいしいね!」と言うと、「うそ、おいしくない」と言う。
「そんなことないよ、おいしいよ」
「おいしくない。日本人はおいしくなくってもおいしいと言うと、学校の先生が言っていた。これは、おいしくないよ」
「卵とトマトの炒めたもの」としては、今まで食べた記憶がないような気がするので、Kが作った物がおいしいのかおいしくないのかは他のとは比べられない。材料自体がおいしいのだし、まずくはないのだから一生懸命作った努力も評価して、おいしいという訳を言うのだけれど、何度、おいしいといっても信じてもらえなかった、ようだ。
(――;)
料理の腕前は、謙遜しているのかと思ったけど、どうもそうではないらしい。
まぁ、日本の若者が全て日本料理が出来るとは限らないのと同じこと、と、納得。
2008年12月9日火曜日
寮換え
我が家の留学生Kの在学していた中国の大学は、約2万人の学生が寮に住んでいて、6日の土曜日一日で全員が寮の部屋を換えなければならなかったそうです。
山の上に大学があり、四方の山すそみたいなところにそれぞれ寮があり、新しく住む寮に全員が引っ越さなければならないのです。そして、引越しに自動車を使ったらいけないのだそうです。その上、インターネット接続も新規になるので、2週間近く使えないのだそうです。
2万人もの学生が荷物を持って一度に移動している様子を想像すると、すごいものを感じます。
Kのルームメイト達は、男子が住んでいた部屋に移動になったため、掃除が大変で、特にトイレの掃除は時間がかかったのと、余りにも汚れていたため気持ちが悪くなったと、友人が知らせてきたといっていました。
寮にはお掃除をしたり管理してくれる人はいないのでしょうか?
何でみんなで意見を言わないのといったのですが、やはり、にらまれるのはイヤなので、
中国政府はあまりにも学生のためを考えてないように、私には思えるのですが・・・。
(ーー;)
Kいわく、大学生は人口の1%ぐらいいるとのこと。
と、言うことは、中国全土で1千万人でしょうか?
中国の人口、恐るべし・・・、ですね。
(>_<)
2008年12月4日木曜日
エリック カール 展
2008年11月24日月曜日
ダンス・パーティ
友達に誘われてダンスパーティに行った。
会場は、ひょっとしたら私は若手にはいるのではないか、と言う雰囲気。
最高年齢は80+とのことだったけれど、踊っている姿を見てもお年には見えないし、若々しい。男性も半分近く居るし、沢山の高齢の男性が踊れるということに、またまた驚いた。男女共に踊るのも皆上手。随分年季が入っているのだと思われる。
それに比べ、昔何回か踊っただけの経験しかない私は、まともに踊れるものは一つもなく、少し居心地が悪かった。たまに誘ってくれる人に、「初心者ですから・・・」と断りを入れ、足をもつれさせながら踊る状態。それでも何回か踊ったけれど、相手をしてくれた人は押しなべて親切な人が多かった。
少し早めに退散し、帰りの電車の中で知り合いを見つけそばに座ったとたん、「あんた、臭いわね!」といわれてしまった。
「・・・!???」そこで思い出した。餃子のたれにニンニクを入れて食べてたこと。そしてそのニンニク入りの余ったたれを、出かけの食事のスープにしていたことを。前日から食べていた餃子だったので、匂いも味も麻痺していたのだ。
せっかく誘って踊ってくれた人たちに申し訳なかった。
みんな、「なんて、息の臭い人だろう!」と思われたに違いない。
(>_<) (――;) (>_<)
2008年11月20日木曜日
給食交流会
今日は給食を食べながら小学生と交流する「給食交流会」に行って来た。
今回は一年生のクラス。
迎えに来てくれた男の子と手を繋いでクラスまで行くのだけれど、手をグーにしていたので、不思議に思った。
メニューは、パンとミルクと、サツマイモのシチューと照り焼きハンバーグ。
サツマイモのシチューは甘くておいしかったけど、急に寒くなった上に暖房のない部屋で冷たいミルクを飲むのはちょっと厳しかった。
食後は、みんなが歌を歌ってくれた。
迎えに来てくれた子がまた送ってくれたけれど、今度はちゃんと手を開いていた。とても暖かかった。「随分暖かいのね・・・!」と言うと「手袋してたから・・・」
迎えに来るときは手が冷たくて開かなかったらしい。
(^o^)
2008年11月16日日曜日
関西文化の日
2008年11月12日水曜日
餃 子
夕飯のおかずに餃子を作りました。
私が母親から教わったのは、意外と平面的なもので、ひだも一方通行。
Koeyが学校から帰ってきたので、本場中国の餃子の包み方をして見せてと、作ってもらった。
Koeyのは、中央に両サイドからひだが寄っていく感じ。そういえば、えび餃子とか透明みたいな皮で出来ている餃子と同じ包み方だった。
Koeyいわく、「私のきれい、お母さんへた!」
久しぶりに作ったので、味はまあまあだったけれど、今度は頑張って、Koeyと同じ包み方でしてみようと思う。
写真は左手前が私の作、右側がKoeyの作。
2008年11月10日月曜日
脳の老化予防
脳は20代をピークに衰える一方である。
そこで、脳の老化予防のための方法
「回想法」
昔を思い出すことで記憶を司る海馬が活性化し、脳が若返る
ドーパミンは副腎から出るもので、物事への意欲をもたらすことから「やる気物質」と言われ、また身体の瞬発力をupする。加齢により分泌されにくくなるが、写真を見たりして、昔の良い記憶を呼び覚ますことにより出てくる
脳の老化予防トレーニング
☆「逆さ読み」(老化することにより衰える脳の、前頭葉の一時的な記憶機能を鍛える)
絵を見て、その名前を逆さに言う □→クカシ(四角) ●→ルマロク(黒丸)
うまく出来なくても良い、むしろうまく出来ないほうが脳が活性化する
☆「手足ジャンケン」(前頭葉の活動を高めるのと、小脳などによる運動能力を高める)
相手の出すジャンケンに手は負け、足は勝つように、手と足を使ってじゃんけんをする
以上、「潜在能力アップ」より
2008年11月9日日曜日
大阪大学「中之島祭」
今日は、大阪大学医学部の学園祭「中之島祭」の「吉本お笑いライブ」を見に行く。
出演者は、天竺鼠・女と男・ストリーク・笑い飯・フットボールアワーの各グループで、テレビでやるネタほど面白くはないが、それなりに頑張っていた。
観衆も若者たちがほとんどで、500人程はいたのだろうか。
大阪大学の吹田キャンパスには工学部や医学部がある。医学部はもともとは大阪市内の中之島にあったらしく、それが吹田キャンパスに引っ越してきて随分経つらしい。
その医学部の学部祭が「中之島祭」で、吹田に有りながら前の場所の名前を引きずっているようだ。
先週は工学部関係者が「すいた祭」をして、今週は「中之島祭」を医学部関係者がしている。同じキャンパスに有るのだから、合同で名前も統一したら良いのにと、部外者は思うけれど、出来ない何かがあるのだろう・・・。
(ーー;)
2008年11月5日水曜日
たこ飯
9月に「明石海峡大橋ツアー」に行ったとき、魚の棚で買った干し蛸を冷凍庫の中に入れたままなのを思い出し、「たこ飯」なるものを作ってみた。
干し蛸は、干しイカみたいになっているので、それを1cm弱の四角に切ってお醤油と味醂の合わせた物に浸け、柔らかくなったらお米と一緒に炊く。
ご飯が炊けたら蛸がどんな風になるのかと思っていたら、蛸の足のところは一応丸くなったけれど、もともとの蛸が小さいものなので、蛸の足も可愛いものだった。
味は素朴な感じで、ご飯だけで食べられる。
しかし、おかずの味が強かったせいか、おかずと一緒に食べると蛸飯の味はわからなくなってしまった。
蛸飯として、おにぎり等にするには最適だと思う。
今日、アメリカではオバマ候補が大統領に選出された。
留学生の何人かもオバマ支持とのことで、喜んでいた。
2008年11月4日火曜日
阪大の「吹田まつり」
落語を見に行く。
昨年も見たので、今年はどんな人が出るのかしら・・・程度の興味で行ってみた。最初に主催者が「録音はお断りします」と言うので、今年はどうしたのかと不思議に思った。

出演者は昨年と同じ「桂 春菜(かつら はるな)」と言う人が海の中のくらげの話をした。たこのまねやくらげのまねを身体でするのが面白かった。
「小話とは短い落ちのある話」との説明の後「息子が母親に彼女との結婚は止めたほうが良いとお父さんが言っていると告げた。母親が理由を尋ねると、彼女はどうもお父さんが他で作った娘らしい。それを聞いてお母さんが、そんなこと言わずに結婚しなさい、大丈夫だから、と言うので、どうしてかと聞いたら、あなたはお父さんの子供ではないから。とのこと」こういうのが小話らしい。最初に説明してくれるから、わかりやすい。春菜は去年より少し落ち着いていたように思う。

次に「旭堂 南海(きょくどう なんかい)」と言う講談師が、「講談とは歴史的な話を虚実取り混ぜながら話すもの」と言うような説明をしてくれたので、講談と言うものがなんとなくわかった。
題は、「山之内一豊とその妻」滑舌も良く、良くわかって面白かった。この人は大阪大学卒業らしい。講談師は昔は沢山いたけれど、今は大阪に10人、東京に60人程しかいないとのこと。講談についてのページが見つかった。
www.nara-u.ac.jp/daigaku/

最後に「桂 小枝(かつら こえだ)」
彼は桂三枝のおとうと弟子になるらしい。桂三枝を筆頭に9番目になるといっていたけれど、誰が師匠なのかは言わなかった。誰なのだろう・・・???
話初めはキダタローさんや小米朝のプライバシーについて。最初に主催者が「録音しないでください」といったのは、このためだったのかと、納得。それでも、人のプライバシーで笑いを取るのは余り感心しない。
話は、物覚えの悪い男が仕返しに唐辛子でくしゃみをさせるという内容だったけれど、今一だった。
それにしても、普段は見る機会のない落語などを実際に見ることが出来て、勉強になった。
2008年10月31日金曜日
「母べえ」
「昭和初期の東京。ドイツ文学者である父・滋が治安維持法違反で検挙されてしまい、野上家には母の佳代と2人の娘だけが残される。滋のかつて教え子や親戚の助けを得ながら、野上家はひたすら父の帰りを待つのだが……」
ということで、父親が逮捕されてしまった戦時中の家庭の生活を描いたもの。
映画とは、もう少し非日常的な出来事などを描くものと思っていたが、意外に予想しやすい内容だった。吉永小百合も30代の母親役をこなし、頑張っていた。
今回のこの映画は、大阪大学の「吹田祭り」の一環としての上映だった。
以前地方紙に予告が出ていたので、見に行くことを予定していたが、昨日散歩がてら再確認のために上映時間等をチェックしに行ったら、あちこち探してもどこにも表示がない。守衛のおじさんに聞いても、知らないとのこと。
一抹の不安を抱えながら友人と見に行ったら、今日はかろうじて上映する旨のチラシが貼ってあった。
会場に入ると先客が一人。後から3人入って来て合計6人。貸し切り状態の会場で映画を見終わる。
この映画を借りるのは無料ではないと思うから、せっかくするのならもう少し観客が集まるような努力をしたら良いのにと、返す返すも宣伝不足を残念に思う。
2008年10月20日月曜日
薪 能
以前、京都に行ったとき、「薪能を見ない?」とIさんに聞かれ、以前どこかで見てもう見たくないという思いだけが残っていたから、即座に「見ない!」と答えた。見料が千円以上するとのことで、余計行きたくなくなった。
Koeyの通う学校で「薪能」をするので、観覧希望者は先着順に入場券を送るから申し込むようにと、案内が来た。Iさんが見たいというのを思い出し、申し込んだ。
学校の広場に舞台がしつらえてあり、ライトが煌々と照らしている。
舞台の周りに3台、薪を燃やすものがある。私たちの席は左端の後ろの方。舞台からは斜めの場所の上に、前に座高の高い人がいて舞台を見るのに努力がいる。先着順と主催者は言っていたけれど、随分空席も見受けられた。
(ーー;)
能が始まる前に、一通りの解説があり、開幕。
しばらくしてKoeyから電話があり、見てもわからないので、インターネットのオークションでSMAPのチケットを競ります、とのこと。
日本人を長くやってきている私にとっても、演者が何を言っているのかわからない。動くのか動かないのかわからないような踊と言うか舞の動作の意味もわからないので、Koeyの気持ちが良くわかった。
能をしている人たちは、自分たちが言っている言葉は、特定の人にしかわからなくてもいいと思っているのだろう、と思えた。あんなに滑舌の悪い話し方というか謡い方では、普通の日本人にも理解できないと思う。幾ら日本の文化とはいえ、理解する人が増えるような努力はして欲しいものだ、と思いながら鑑賞した。
早く終わってほしいという願いだけが頭の中を行ったり来たりしていた。
舞台の照明は良かったし、演者たちの着物も素晴らしく、雰囲気はとても良かった。
それにしても、ただそれだけを見るには2時間半は長すぎた。
薪を燃やす係りのおじさんが、上手に火が絶えないように燃やしているのが興味深かった。(先日のキャンプで最近の若者が如何に火の使い方が下手なのかを実感していたので)
Iさんは、さすが「能を見たい」と言うだけあって、「言っていることはなんとなくわかったような気がするし、行くべきか行かざるべきか迷っているところなど、ジーンと来て、涙が出そうになった」とのこと。
Iさんに感動してもらえたことで、行った甲斐があった「薪能」だった。
2008年10月18日土曜日
ガレージセール・イン・OSAKA TOWN
2008年10月11日土曜日
ボーリング
今年は「関大前」の「フタバボウル」に行った。
息子も東京から帰郷したので、ボーリング場前で落ち合った。

留学生のKoeyは余りしたことがないといいながら、いろいろなボールを合計5個も持ってきて、その中から好きなのを投げていた。
指も、中国にいるときは、親指と人差し指と中指を入れて投げていたと言うので、親指と中指と薬指の方がうまくコントロールできると思うよと、教えてあげた。

3回投げ終わってから、ボーリング場のそばにある「関西大学」を見学に行く。Koeyの行っている大学よりは大きいと驚いていた。
(後日談)
14日にカラオケに行ったとき「土曜日ボーリングに久しぶりに行ってきた」と言ったら、その中の一人が「私も20年ぶりに行って来た」と言う。
話を聴いたら、同じ日、ほとんど同時刻に同じフタバボウルの2レーンほど離れたところでボーリングをしていたことがわかった。
当日は閑古鳥が鳴いているといえるような感じの会場で、3回も投げていたのに、お互い全然気がつかなかったことに、本当に驚いた。
2008年10月4日土曜日
2008年10月1日水曜日
住宅・土地統計調査
「住宅・土地統計調査」とは、「統計法」に基づく指定統計調査だそうで、昭和23年以来5年毎に行われていて、今回が13回目になるとのこと。
全国の10分の1が調査対象となるとのことなので、我が家としては初めてだから、複数回回答している人もいることになる。
内容的には、住宅の土地・家屋の広さや、バリアフリーに関する20個ほどの簡単な質問。
A4のカラーの説明用紙が8枚。
統計調査結果から見た日本の姿は、一住宅あたり延べ面積は、平成15年では平均92.5㎡で、県別に見ると大阪は東京都の62.5㎡に続いて2番目に狭いそうです。
詳しくは、総務省統計局のホームページ (http://www.stat.go.jp/) に載っています。
5年毎に行われる国勢調査でも、確か、持ち家かどうか、住宅の広さ等も訊ねているので、「住宅・土地統計調査」独自の質問はバリアフリーや竣工年度などの10項目ほど。
果たして、8枚の立派な用紙を使って、調査員を派遣してするほどの価値があるのかどうか・・・疑問です。
どうせなら、国勢調査と一緒にしたら節税になるのではないかと思います。
2008年9月22日月曜日
中国からの留学生
香港生まれで、重慶の大学に行っているという。
すらりとした、可愛らしい女子学生。留学生として女子を預かるのは初めてなので、楽しみにしていた。
方向感覚は余り良いほうではないとのことで、早速次の日道に迷って、なかなか帰ってこられなかった。これからは、どこかに行くときには、道順の再確認をしてあげなければと、心に誓う。
先日来ニュースで騒がれている中国の牛乳にメラミンが入っていた事件のこと聞くと、知らないという。本人は大学生だし、両親は香港で知的な仕事をしているようなので、この種の事件のことを知らないということは、中国内ではほとんど報道されていないのではないかと思われる。
自分の国の事件を、外国から知らされるということは、とてもおかしなことだと思う。
彼女は早速国際電話で、お母さんに事件のことを伝えたとのこと。
2008年9月19日金曜日
2008年9月14日日曜日
ミュージカルの合宿
長期予報では曇りだったのに、13日は朝から雨が降り出し、どうなることやら・・・と思っていたら、お昼頃から天気は回復、14日はとてもいい天気になりました。
120人程いた出演者のうち、参加したのは約50人。
現地に着いて手持ちのお弁当を食べ、その後ドッチボールを約3時間。
夕食はバーベキューで、おなかが一杯になりました。
お風呂は10人ぐらい入れるお風呂で、少し小さめかなと思って洗い場で身体を洗い終わり、ふと後ろを振り向くと、10人くらいが立って、カランの前が空くのを待っていました。
(@_@)
2008年9月5日金曜日
明石海峡大橋ツアー
ツアーは神戸の舞子側のアンカレッジから最初の主塔まで歩いていく。井桁状の鉄筋は、鉄筋がある部分よりない部分の割合のほうが多いので、最初は怖いような感じもしたけれど、慣れてきたらなんてことなくなった。
主塔にはエレベーターで上がるので何の苦もなかった。
橋を上から撮った写真はまるでヘリコプターに乗って撮ったような感じで、映画に使えそう・・・。ガソリン価格の高騰からか、橋は余り車が通っていなかった。
橋から見た神戸側には沢山の家があり、淡路島側はひっそりとした感じがした。
橋の見学を終えたら、明石海峡大橋ブリッジワールド「認定書」がもらえ、私のにはH20-5667人目と書いてあった。
ツアーの後はフェリーに乗り、淡路島に行く。明石のフェリー乗り場に海鮮丼が安くておいしいという店があるというので行く。おなかがすいていたので、本当においしかった。
帰りはバスで大橋を通って神戸側に帰ってきた。
橋を上から下から見て、歩いたり、フェリーやバスで乗って見ることも出来、明石海峡大橋を堪能した一日になった。
今回の写真は
http://picasaweb.google.com/miocom.debate/aBbIwE#
で、見られます。
上のアドレスに行った後、左上のほうにあるSlides Showと書いてある所を押すと、スライドショーになります。
2008年8月16日土曜日
2008年8月12日火曜日
2008年7月29日火曜日
スェーデンの大型家具店「IKEA」
今日は社員の関係者が招待されて買い物が出来る日とのこと。Martinの友達がIKEAで働いているので、Martinと二人で行ってきた。
JRの大正駅からIKEAまで無料バスが出ている。大正駅では沢山の人がいたから何かあるのか聞いたら、「Kinki Kids」のコンサートがあるとのこと。大正駅や大正区にはこんなことでもないと行かないので、興味津々。
無料のシャトルバスに乗って見たIKEAは四角い箱のような大きな建物。入り口を入るとすぐ二階に誘導された。2階が展示場になっていて、ベッドからキッチングッズから沢山の商品があった。
Martinはミートボールを頼み、ミートボールについてきたジャムを、これがないと・・・と喜んで食べていた。
食べ終わってから一階に行くと、展示と共に大きな商品を取るための置き場みたいなのがあり、商品が3階迄の吹き抜けのようなところに、天井まで積まれていた。圧巻だった。
そこを通り過ぎるとレジがあり、買い物袋は有料で販売されていた。
レジを出ると簡単な食料品売り場とスナックを食べるところがある。ここのホットドッグは100円で安いし、ソフトクリームは市販の半分くらいの量だけれど50円なので、食べやすかった。
大体全体を普通に見たつもりだったけれど、IKEAに入ってから3時間経っていた。
Martin君、おつかれさまでした。いい経験になりました。
2008年7月27日日曜日
フリマ・デビュー
場所はJR吹田駅の北側にある「メロード吹田」という高層ビルの前の通り。
早速、やすまさんに連絡を取って、二人で参加することにした。
IT仲間のうらのさんもお手伝いに来てくれるという。
やすまさんは以前に一度フリーマーケットに参加したことがあるけれど、私は初めてなので今日がデビュー。
家にある不用品をダンボール4箱に詰め、箱に入らないものも持っていって並べた。
天気はとても良く、暑いくらいだったけれど、並木が影を作っているので少し涼しかったし、少し強めの風も吹いていたので、絶えられないほどではなかった。
(このとき日本各地で突風が巻き起こり、死傷者が出ていたとは後で知った)
買ってくれる人を待っているというのは、それなりに疲れる。
ぽつぽつ売れたけれど、思ったほどは売れなかったし。
3時頃にはほとんど売れなくなってきたので店じまいをする。
小物が売れたせいか、持って行った荷物はほとんど減っていないような気もした。
それどころか、やすまさんが用意してきた紙袋などが余って、私の荷物に入って来たため、むしろ増えたのではないかと思えるほど・・・。
暑い中での仕事だったので、それほど動いたわけではないのに、とても疲れた。
それでも、家にあったら不用品で場所を取り、かといって捨てるのには忍びないものが、人の手に渡って再利用されと言うことは環境のためになるし、こちらには小額でもお金が入ってくるので、こんなにいい事はない。
売り上げもまあまあそれなりにあったので、初めてのフリーマーケット参加者としては、勉強になったし、面白かった。
2008年7月19日土曜日
お初天神祭り
正式名称は露天神社(つゆてんじんじゃ)だそうだけれど、境内で実際に有った心中事件を題材として近松門左衛門が曽根崎心中を書き、そのヒロインの名前からお初天神と呼ばれるようになったらしい。
何度か行ったことがあるけれど、お祭りのときは初めて。
お祭りのクライマックスは夜の境内での山車のパフォーマンスだけれど、日中は曽根崎界隈を山車や獅子舞が練り歩く。
大阪駅の南の大きな交差点を一時通行止めにして、交差点の中央で山車がくるくる回転をする。やすまさんの息子さんはそのクルクル回る山車の上で太鼓をたたく6人のうちの1人だった。
夜のクライマックスは8時30分ぐらいから始まった。
お初天神の周りは高い建物ばかりで、ビルの窓の光が四方から神社を見下ろしていた。




