2015年11月27日金曜日

「観光あるき」 in 島本町 by 阪急電鉄

 阪急電鉄の「地域の魅力を再発見する」というウォーキングイベント
「観光あるき」で「島本町」の
山裾散策コースに参加してきました。


数日来、
曇りや雨のあまり良くない日が続いていたので、
天候には期待していなかったのだけれど、
当日は青空の
とても良い日になりました。
風邪は冷たかったけれど、
ハイキングには最適な日でした。

 阪急の大山崎駅から歩いて約8.5kmを、
5時間近くかけ、水無瀬駅まで歩く行程。

阪急の大山崎駅で下車。
近くにはJRの山崎駅がある。
大阪と京都の境界線をはさんで、
京都側は大山崎、
大阪側は山崎、
となるそうです。
水無瀬の滝 20m程の高さとのこと。
 サントリー山崎工場の中を通り、椎尾神社を参詣し
サントリー工場の裏の竹藪の中を歩きました。

水無瀬の滝は高速道の傍にかわいらしい姿で
ひっそりと流れ落ちていました。

若山神社
 山全体が紅葉していると想像しながら参加したので、
ほとんど紅葉が見られない山を見て
内心がっかりしました。

今年は気候のせいで、
あちこちでいつものような紅葉が見られていないようです。

それでも、若山神社では、
丁度きれいな紅葉を見ることが出来ました。

楠木正成と息子の別れの場面
JRの島本駅のそばの地名は桜井で、
そこにある史跡桜井駅(宿)跡とは
楠木正成が足利尊氏を撃つために
息子と別れた場所とのことで、
「楠公父子決別の所」の碑があり、
そこを通り過ぎ、
水無瀬駅に時間通りに到着しました。

ボランティアの方々、
お疲れさまでした。
お世話になりました。
m(_ _)m

島本町の職員のお兄さんも世話係として同行していました。
遅れる人がいないか、一番最後でチェックしながら歩いていたのでしょうが、
参加者と言葉を交わすわけでもなく、
食事の時も含め、常に皆から離れて
一人ポツンと淋しそうでした。

きっと、義務で、行かなければならなかったのでしょう。
でも、有給なのでしょうから、
もう少し楽しそうに、
また、参加者を楽しませるようにしたらいいのに・・・、
と、
常に有給者には厳しい私は思いました。
(;一_一)




2015年11月22日日曜日

ExpoCity Open

昭和が始まって45年経った1970年、
「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ、
アジアで初の日本万国博覧会「EXPO'70」が、万博記念公園で開催されました。
それから奇しくも45年経った今、「EXPOCITY」が新たに誕生します。
EXPOCITY」は、
大阪の中心部からほど近い
大阪モノレール「万博記念公園駅」前の敷地面積約172,000㎡に広がる、
8つの大型エンターテインメント施設と
305店舗の「三井ショッピングパーク ららぽーとEXPOCITY」からなる、
エンターテインメントとショッピングが融合した大型複合施設です。
*******************************************************
と、大々的に宣伝され、11月19日にオープンした
エキスポシティに、散歩がてら行ってみました。



あたりはうす暗くなりかけていたのにもかかわらず、
モノレールから沢山の人が降りてきて、
一斉にエキスポシティに向かっていました。



こちらはいつものジョイの、夕方の散歩でしたので
彼もいっしょです。
ただ、犬は会場には入れないと断られてしまったので、
入り口で記念に写真を撮って
帰ってきました。

残念がる、ジョイ。


次の日、ジョイを連れずに行ってきました。

2015年11月15日日曜日

「ナレッジキャピタル ワークショップフェス 2015 AUTUMN」

大阪駅の北側に出来た グラン・フロント大阪の北館にある
「ナレッジ・キャピタル」のイベント
「ナレッジキャピタル ワークショップフェス 2015 AUTUMN」に
ボランティアとして参加してきました。

ナレッジ・キャピタルでのボランティア
国立民族博物館でのボランティア
「みんぱく・ミュージアム・パートナーズ」のメンバーの一人として、
ナレッジ・キャピタルで開催されたワークショップの
お手伝いをしてきたのです。

ワークショップで作られたカヌーの「進水式」要員として
建物の外の水場でカヌーを浮かせてあげる役目でした。
進水式が主なので、それ以外は暇です。

そこで、
一時すごい人気で何時間も待たなければ食べられないと言われていた
「近大マグロ」のお店に行ってみました。
お昼時間を過ぎていたこともあり、すんなり入店できました。
マグロの味は・・・、
マグロが好きな方でもないので、
スーパーで買ったものと、
大して違うとも思えませんでした、けど。

近大のマグロ丼
また、「世界を変えた書物」展が
同じ建物で開催されていたのでのぞいてきました。
世の中の発見を広く伝えた書物の初版本が展示されていました。

本は本、という考えなのと、
ペーパーレスに努力している私としては、
展示デザインの方が気になりました。

手前:降り注ぐ文字、奥:蝶の飛翔
写真ではうまく表現できませんが、
いろいろな文字が白い布地の上に降り注ぐように
吊り下げられていました。
何となく、
雪の中のような静かな感じが漂っていました。


無事進水式も終わり、
任務が完了して外に出た時にはあたりも薄暗くなりかけていました。

グラン・フロントの前に、イルミネーションの木(?)が立っていました。

近くには、小さなスケートリンク「つるん つるん」がありました。
アイススケート場ではなく、
Xtraiceという樹脂製プレートを使用しているそうで、
氷を使っていないので、電気代がかからないそうです。

いろんなものが出来てきているのに、驚かされました。
(@_@)

2015年11月14日土曜日

神 戸

久しぶりの神戸。

神戸と言うとなんか遠い所だとずーっと思っていたけれど、考えてみたら我が家の近くの駅から1時間で行けると言うことを、今回改めて認識した。
「近い!」と思った。電車代だって片道400円。

今まで神戸の街は、特別なことがない限り行くことはなかったので、今回行ってみて、また新しい発見もあった。
デパートの中では、方向を示すのに、北・南ではなく「山がわ、海がわ」という表示があった。
外に出てみたら、町の中の建物が並ぶ道の突き当たりに、山が見えた、というか、迫っていた。つまり山がすぐそばにあった。
その上、昔の居留地とかいう私が歩いていた場所は、海のすぐそばだった。
以前、神戸は山と海に挟まれた場所だというようなことを聞いたことがあったけれど、納得。


その居留地の跡に建てられている神戸市立博物館に「大英博物館展」を見に寄った。大英博物館にはいつ行けるか分からないので、所蔵品の一部を見ておこうと思ったから。

「ウルのスタンダード」の画像検索結果
ウルのスタンダード
展示品の一つに「ウルのスタンダード」と言われる小さな箱みたいなのがあった。装飾に使われている「ラピスラズリ」の紺青になぜかひかれる。
このウルのスタンダード(軍旗)の絵葉書を若いころから持っていて、何故かしらないけれど、これはエジプトの物だと思っていた節がある。その絵葉書の後ろには「大英博物館展」と書いてあるので、若いころに開催された大英博物館展でも見ていたのかもしれないと、思う。(;一_)

神戸市立博物館を出て、歩きながらよく見てみると、町は道幅も広く、建物も現代風のビルだけではなく外国の古い建物みたいなものもあり、落ち着いた感じがした。

何となく神戸が好きになりそうな気がした。


恒例のルミナリエが、縮小版で準備されていた。

(-_-;) 「KOBE豚饅サミット 2015」

前日のニュースで「KOBE豚饅サミット2015」の豚饅がおいしいと言っていたので、それでは買いに行ってみようと神戸に出かけて行った。

11時から販売開始と言うので、11時少し過ぎには会場に着いたけれど、既に100人以上は並んでいたのかと思う

先頭の人が皆それぞれ箱入りの豚饅を数箱ずつ買って去っていくので、スムーズに買える物なのだと思っていた。
ところが思いの外順番が進まない。どうしたのかと思ったら、蒸しあがった豚饅の小箱を二十数個ずつ段ボールに入れて、10分毎ぐらいにどこからか持ってくるので、常に売れる状態ではないと言うことが分かった。10数分毎に10数人が買えると言うことになる。余りに列が進まないので、途中から一人2箱に制限がかけられることにもなった。
30分ぐらい並べば買えるのかと思って開始時間直後に行ったのに、1時間、1時間30分と時間が過ぎて行く。
かといって、並んで待っていた時間を考えると列を離れて買わないで帰ることもしにくく、とうとう2時間30分待ってしまった。それも、途中から雨が降ったり冷え出したりした中で。
また、私の順番が来て買えると思った時には何故か1箱しか残っていなかったので、もう一箱買うためにまた10数分待つ破目になってしまった。
(T_T)

次のが来るのを待つ間に、おなかもすいていたので買った箱の中の豚饅を一つ食べ始めた。「Bounoイタリアン」とかいう神戸四興樓というお店の物だったけれど、「??!」と言う感じ。
何が入っているのかと豚饅を見ていたら、肉まんの種にチーズやトマトが入っていたようだ。周りのおばさんたちが「おいしい?」と聞くので、「うっ、・・・まあ、まあ・・・」と答えた。
豚饅“サミット“と言う割には、おなかがすいていたにもかかわらず、それほどおいしく感じなかったのはなぜなのだろう。(-_-;)
いつも食べていたピザマンの方がおいしいと思えたし、「551」の豚まんのほうがおいしいと、個人的には思えた。

並んでいる途中、列が遅々として進まないので売店の関係者に「蒸すのに時間がかかるのだと思うので、家で蒸して食べると言う人には冷たいままの豚饅を売られたら、もう少し早く順番が進むのではないですか?」と言うと、「衛生上の問題から、蒸して売らないといけないことになっているのです」との答えが返って来た。
今年で5年目のイベントとのこと。今までも何回も同じことをしてきたのだから、購入者が何時間も待つことは知り尽くしていると思う。もう少し購入者のことも考えてあげたらいいのにと思う。

大体並ぶことも嫌いなうえに、基本関東人の私には「ぶたまん」という響きは、なんか「ブタ」が思い出されて、なじめない。
私は、もうこの豚饅サミットには参加しないと思うし、人にも絶対薦めないでおこうと思う。
(-_-;)



ここまで来たのだからと、神戸の中華街を見物することにした。
豚饅を2個も食べてはいたけれど、まだ食べる余地があると思い、ついでに小さなラーメンを食べることにした。
ところが中華街の長安門という東の入り口から入った所にある左側の小さなお店、広東菜館「青龍」で食べたラーメンは、お世辞にも美味しいとはいえる物ではなかった。小さいから安い、安いのでおいしくない、ということなのか・・・。
(-_-;)

中華料理に対するイメージが、大き過ぎたことを知った一日だった。
(>_<)

2015年10月31日土曜日

健康フラダンス 「発表会」 2015

健康フラダンスの発表会は、
今年も同じ日に 
2か所で開催されました。


 朝早くから、
吹田市の北と南の2会場を往復しました。


両会場とも、
ほぼ時間通りにプログラムが進行し、
フラ・ガール達も慣れたもので、
スムーズに全て踊り終えました。


 今年の一大イベントも、
これで完了しました。
(^_^)v

カ・マヌ

2015年10月10日土曜日

ガレージセール 2015

大阪城公園で開催される
ガレージ・セールに
今年も参加しました。

今年もうす曇りのお天気で、
暑くもなく寒くもなく、
過ごしやすい1日になりました。

いつものように大阪城を遠くに見ながら
年に一回この場所で再会する友人と
記念写真を取りました。


留学生のカロリーナも参加しましたが、
帰国するときの荷物になるからと、
ほとんど何も買うことはありませんでした。

それに反して、
リフォームしたときにほとんどの物を処分してしまったので、
売るものは大したものがなかったにもかかわらず、
帰りの荷物の方が多くなってしまったのは
この、私でした。

不要な物を増やさないように、
肝に銘じたいと思います。

2015年10月4日日曜日

東京スカイツリー  浅草

実家から大阪に帰る途中
息子の新築の家に泊めてもらうことにしました。
ついでに、息子の案内で、
東京スカイツリーの見物に行くことにしました。


巷では丁度ハロウィーンの準備が進行していて、
スカイツリーの中でも仮装できるように用意されていて、
写真まで撮ってもらえました。


また、床がガラスになっているところでも
無料で写真を撮ってもらえ、
素敵なカードに作り上げてくれました。


スカイツリーを出た後、
そこから歩いて浅草の浅草寺に行きました。



昔から見ていたキリンビールのあの不思議なオブジェクトと
スカイツリーが並んだ光景は、なんとなく面白いものでした。

右の雲みたいなオブジェは
アサヒビールの「燃え上がる炎」をデザインしたもので
フランス語で「フラムドール(金の炎)」と呼ぶそうです。
昔、三軒茶屋に住んでいたころ
実家に帰るときには浅草経由で帰っていました。
浅草は乗り換えするか、
舟和のお店に芋羊羹を買いに行くだけで、
他の所まで散策することはありませんでした。
なので、
浅草の駅から数分の所にこんな場所があったなんて、
今回初めて知りました。
(@_@)!


浅草寺に寄るのも久しぶりです。
仲見世通りに「舟和」のお店があるのも
初めて知りました。
いつからここにお店を出しているのかと尋ねると、
「25年位前からだと思います」とバイトの子の答え。
そうだとすると、
私が浅草寺を尋ねたのは
25年以上前のことになります、か。

関東のことに疎くなったのは、
当然でした。



まだ新しい息子の家に泊めてもらい、
久しぶりにゆっくりと東京見物も出来ました。

(^_^)v

2015年10月3日土曜日

母の一周忌

時の過ぎるのは速いもので
母の一周忌が営まれました。


人が亡くなってから一年経つと一周忌で、
回忌というのは、亡くなった時を入れるので
二年目が三回忌になり、
以降回忌で言うことが多い
と、お坊さんのお話でした。

仏教を信じているわけではないけれど、
身近な人が亡くなると、
こういう話も素直に頭の中に入ってくるような気がします。


帰りは息子の車に乗せてもらって、
薮塚で行われていた「案山子祭り」を見ました。
のどかな田舎の田んぼの中で、
地元の人がそれなりに頑張っているのを感じました。


下の息子が新築の家を買ったので、
ピカピカの家を訪問しました。







今回、京都から出ている桐生行きの夜行バスを使いましたが、
バスに着く直前で、
両手に大きな荷物を持ったまま転んでしまい、
顔に擦り傷と打撲傷を負ってしまいました。
(>_<)
なので写真はなんとなく傷のない
左から撮るようにしました。
(ーー;)

歳と共に足も上がらなくなります。
皆さま、お気をつけくださいませ。

m(_ _)m

2015年7月15日水曜日

ギリシャ訪問 5-1 「アテネ」

ギリシャに旅行に行くと言うと、
「何で、今、この時期に?」
と、聞かれることがありました。

わざわざこの時期を選んだわけではなく
行くことは1年前から決まっていたのです。

ギリシャ危機のニュースの際によく出てきた
国会議事堂
ギリシャがEUから離脱するのかどうか、
借金を返すためのお金を工面できるのかどうか、
という「ギリシャ危機」になるなどとは、
露とも思っていませんでした。

議事堂の前にある、400年間のトルコ支配に終止符を打った
独立の際亡くなった「無名戦士の墓」の碑と
それを守る衛兵。
ギリシャの国はあくまでも空は青く、
太陽がサンサンと照り、
見た限りでは人々は明るく、
観光地には観光客が沢山見受けられました。

銀行のATMの前に並ぶ人。
ニュースで見たような行列はほとんどなかった。
買物に出かけたときに、
沢山の人が集まっているのに出会いました。
これから国会議事堂までデモをするとのことでした。

集まった人達は仕事帰りのようで、
出発するまで和やかそうに話しているのが印象的でした。


時間になったので皆が歩き出し、
車のスピーカーからデモのスローガンが叫ばれると
皆が一斉に口をそろえて言うのは、
どこでも同じだと思いました。


ギリシャ料理のお店のことをギリシャ語で「タベルナ」と言います。
日本語の意味に考えると変なことになってしまいますが・・・。

ギリシャ語には意味は違うけれど
発音が同じような言葉が意外とありました。

モナスティラキ広場のそばにある
タベルナの「タナシス」にて
モナスティラキ駅のそばで夕食を取りました。
メインのケバブもおいしかったけれど、
付け合わせのポテトが柔らかくて、とてもおいしかったです。

パンみたいなものの上に乗ったケバブ。
(^_^)v

無名戦士の墓の前で、衛兵が持ち場を替える「交代式」

2015年7月14日火曜日

ギリシャ訪問 4 「サントリーニ」

ギリシャを紹介するポスターの多くには
白い壁の家と青い屋根のドームが写っているいます。

何故か、白と青のコンビネーションに惹かれて、
ギリシャに行ったらぜひ寄りたいと思ったのが
「サントリーニ」でした。


アテネからはエーゲ海の
南に向かって進む高速フェリーで4時間半かかります。

島全体は普通の茶色っぽい色ですが、
建物が真っ白く塗られていて、かわいらしいのです。
島の名前がサントリーニで、
白い建物群と青いドームがあるのは
"Oia"と書いて「イア」と言う場所です。

町の中を歩いている人はほとんどが旅行者で、
旅行者を入れないで写真を撮るのは一苦労でした。

島の周りの海とドームの色は、同じような青でした。

イアの町と、中央部にかすかに見える風車を前に、
日焼け止めが目に入るので、一生懸命目を開けで記念写真を撮りました。

日中は30℃以上になっていてドライで汗をかきにくいとはいえ、
太陽の陽差しがとても強く、
日焼け止めを久しぶりに塗りすぎたのが目に入ってしまったので、
イアで撮った写真は目がちゃんと開けているのは少なくなりました。

また、イアの夕日は有名で
町をほの明るく照らす時が何とも言えず美しいと
多くの人が写真を撮ろうとするので、
写真を撮る場所は歩けないほど混雑していました。

太陽が沈む直前のイアの町。


サントリーニの中心となる町"Fira" フィラに宿を取りました。


石が多く取れるのか、丸く黒い石が埋められた通路

崖の上にあると言えるフィラの町から580段の階段を降りて行くと、
オールド・ポートと言う昔からの港に着きます。
その階段は、
港からフィラの町まで馬やラバが人を乗せて上る観光名所にもなっています。

港近くの階段にはたくさんの馬が出番を待ってたむろしているので、
馬に慣れていない私はそばを通過することができず、
一緒に行ってくれる人が来るまで、待たなければなりませんでした。

港から町まで帰りはケーブルカーに乗りましたが、
2,3分で上に着いてしまいました。



フェリーに乗ってアテネに戻るときには、
油断して1時間に1本のバスに乗り遅れ、
なかなか来ないタクシーを待つ羽目になり、
やっと来たタクシーを若い女の子たちに横取りされそうになったけれど、
目的地が同じと言うことがわかり、
吹っかけられたタクシー代もシェアでき、
かえって仲良しになれました。

フェリーも時間通りには来なくて心配しましたが、
無事、アテネには戻れました。

(^_^)v


2015年7月12日日曜日

ギリシャ訪問 3 「メテオラ」

結婚式の次の朝、
アレックスが迎えに来てくれ、
彼の運転する車でメテオラに向かいました。

「メテオラ」とはギリシャ語で「空中に浮いている」という意味だそうで、
大きな岩山の上に修道院が建てられていることで、有名だそうです。

カランバカの町の手前から望む、
メテオラ
左の岩山の上に建つオレンジ色の屋根の建物が、
アギア・トリアダ修道院

565メートルの岩山の上に建つアギア・トリアダ修道院に行くには、
今は舗装されていて歩きやすくなっている、
とはいえ、
岩山の階段も130段あるので、それなりの準備が必要。

荷物を載せる台と、
それを引き上げる縄を巻きあげる道具

必需品などの物資は、
建物から荷台を縄などで下の地面まで吊り下げ、
調達していたとのこと。

修道院から見下ろした、カランバカの町
アギア・トリアダ修道院に住みつく猫
修道院はメテオラのあちこちの岩山の上に建っていて、
それらを訪れるには
ガイドブックに依ると歩いても行けるようでした。
(私も、最初の予定では、歩くつもりでした)

しかし、
修道院自体にたどり着くには岩山の下まで歩き、
また修道院までの階段を上らなくてはならないし、
カラリとはしているとは言え30℃近くの暑さの中を歩くことになるので、
身体に相当自信がないと、無理ではないか・・・と、
車に乗せてもらいながら、考えました。

歩いて行こうと思う方は、
特に夏は、相当の覚悟がいると思います。


メガロ・メテオロン修道院にて アレックスの家族と
アレックスの奥さんはとても気さくで、
話しやすい人でした。

車に同乗させて頂き
ありがとうございました。
おかげさまで、
メテオラを快適に楽しむことがてきました。

 m(_ _)m