2014年12月6日土曜日

Aureana Tseu

アリアナ・セイユのフラのワークショップがある
と言うので参加してみた。

Aureana Tseu、
カタカナで書くと「アリアナ・セィユ」となるらしい。
フラダンスをしているお母さんに小さい時からフラダンスを教わり、
1999年にミス・ハワイ・ティーンになり、
2009年にはミス・ハワイになった人。









以前、Youtubeでフラダンスをあれこれ見ていた時に
偶然彼女のフラを見て、
その踊りの優雅さに、引き込まれてしまった。

それ以来、彼女のことが気になっていたら、
時々日本に来て仕事をしているとのこと。


Workshopは英語、ハワイ語、日本語を交えながら。
あっという間に1時間30分が過ぎてしまった。

私は風邪のために数日寝込んでいた後なので、
あまり頭の回転が良くないとは思っていたけれど、
4番まである踊りを全部覚えるのは大変だった。


 Workshopの後は、
Tシャツを買った人はサインをしてもらえ写真も撮れるとのことで、
記念に一枚購入。


1クラス25人の受講生のほとんどが
Tシャツを買いサインをしてもらう。
その間も満面の笑顔を絶やすことはなく、
写真撮影にも応じている。

フラの練習中も笑顔だったので、
さすが「プロ」だと、感心した。

Tシャツの後ろにサインをして貰った。


"JAPANTODAY"の記事によると
Aureana Tseuは、
フラダンスのショーや講習会のために
日本には年に5~6回程度
定期的に来日している。
毎日6~8時間、競技会があるときには9~12時間フラの練習をし、
沢山の睡眠と水分が彼女の素晴らしい体型を作っている、
とのこと。
背が高く肩幅などはがっちりしているけれど、
小顔で、手足は勿論指なども長くて、
表現者としてのダンサーにぴったりだと思った。


私が気にいったAureanaの踊りは
https://www.youtube.com/watch?v=1hhk2hKv1x8
のYoutubeで見られるけれど、
その時のフラダンスの競技大会では4位だった。
Merrie Monarch 2008 - Aureana Tseu - Ka Lehua 'Ula: 4th Place

何故なのかと、とても不思議に思っていたけれど
彼女の
「フラとは解釈的な踊りなので、
踊りにはバレー、ジャズ、ブラジリアンなど
多様な形と考えを取り入れている」
と言う言葉が、
どこか関係しているのではないかと思える。

とは言え、
素晴らしい踊り手からの講習会は、
とても良い経験になった。
(^_^.)


2014年12月4日木曜日

タイからのゲスト

タイランドからのゲストが我が家に滞在しました。

大阪大学に研修に来た、タイの医師です。
彼女はPET(※下記参照)の専門家で、
タイのチェンマイ大学で働いているとのことでした。


平日は阪大に研修に行き、
週末は京都・広島・和歌山等々観光し、
あちこちの紅葉を十分楽しんだようで、
とても活動的な女性でした。


 その合間にタイ料理の、
パッタイ(タイの焼きそば)や
ココナツミルク入りのトムヤムクン(甘辛いスーフ゜)も
作ってくれました。
久しぶりに食べるタイ料理で、とてもおいしかったです。

ロス・アンジェルスのUCLAにも研修に行っていたとのことで、
昔私が住んでいた場所の近くの地理にも詳しくて、
話がとても合いました。

自主的に「お母さん」と呼んでくれたので、
私の「タイの娘」とすることにしました。
(*^。^*)


タイシルクのスカーフと青い小銭入れを
お土産に持って来てくれました。
小さな体で大きな荷物を持って、
また日本に来ると言いながら、
帰国しました。

今度は、桜の季節に来てください。
待っています。
(^_^)/


※ PETとは?http://www.pet-net.jp/より)
PET検査(ペットけんさ)は、がんを検査する方法の一つです。
PET」とは「陽電子放射断層撮影」という意味で、ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(Positron Emission Tomography)の略です。
通常、がんは、実際に腫瘍(できもの)ができたり、体に変化が起きてから見つかることが多く、がん細胞の成長がある程度進んでからでないと発見しにくい病気でもあります。
早期発見のため、特殊な検査薬で「がん細胞に目印をつける」というのがPET検査の特徴です。
PET検査では、検査薬を点滴で人体に投与することで、全身の細胞のうち、がん細胞だけに目印をつけることができます。
専用の装置で体を撮影することで、 がん細胞だけを見つけることができます。

もっと詳しいPETのしくみ
PET検査は、がん細胞が正常細胞に比べて38倍のブドウ糖を取り込む、という性質を利用します。ブドウ糖に近い成分(FDG)を体内に注射し、しばらくしてから全身をPETで撮影します。するとブドウ糖(FDG)が多く集まるところがわかり、がんを発見する手がかりとなります。
従来のレントゲン(X線)やCTMRIなどの検査は、写し出された造形からがんを見つけますが、PETはこのように細胞の性質を調べてがんを探しだします。

2014年11月25日火曜日

幼なじみ




母の親友のおばさんに久しぶりにお会いし
積もる話もあるので、
久しぶりに一晩泊めて頂くことになった。

おばさんの娘さんとは小さいころに遊んでいた。
風の便りには聞いていたけれど、
ずーっと会うこともなく、
今回、50年ぶりくらいに会うことになった。

後列:母、おばさん。前列:Mさんと私
私の思い出の中のおばさんは大きかったけれど、
私が成長したのもあ
り、今は小さく見える。
おばさんの娘さんのMさんは、
彼女が成長したのもあり、大きくなっていた。


Mさんのお兄さんのYさんとも久しぶりに会い、
お互い歳を取ったのを再確認。





お互い、
小さいころ家に泊めてもらった思い出や、
Mさんたちが飼っていた犬が、
一緒に寝ていたお布団におねしょをしたことなど、
楽しい思い出がよみがえってきた。

幼なじみと言うのは、
何の屈託もなくスーッと昔に戻れるので、
素晴らしいと思う。

楽しい出会いでした。

(^_^)


Mさんから記念に
人間関係、仕事運、金運等良くなると言う
パワーストーンのブレスレットを頂いた。


きっといいことがあるでしょう。
ありがとう。
(^_^)/


Mさんの娘さんは
"Tajima Aiko"と言う名前のイラストレーターで、
http://cinknet.com/user/aiko.tajima.96
で、作品を発表しています。




2014年11月23日日曜日

満中陰

母の四十九日の法要が行われた。

私自身は無宗教、と思っているので、
宗教に関しては興味がなく、
ほとんど何もわからない。
とは言え、
仏教を深く信じている母や実家の人達のすることに、
何もわからないのもいかがなものかと、
四十九日の法要を機会に
少し調べてみた。


仏教では人の死後、四十九日間魂が迷っているとされています。死者が生と死・陰と陽の狭間に居るため中陰といいます。

そのため七日ごとに法要を行い、四十九日目はその中陰の満ちる日であり、死者追善の最大の法要を営みます。お墓がある場合は、四十九日までに埋葬します。

 

発祥地であるインドの仏教においては、臨終の日(命日)を含めて7日ごと、7週に亘り法要を行っていた。(古代インド文明の七進法により、七ごとなのである。)輪廻の思想により、人の没後49日目に、次に六道中のどの世界に生まれ変わるかが決まる、と考えられていたからである。
それが日本に伝わり、宗旨によって考え方は様々であるが、人は死後、魂を清めて仏になる為に中陰の道を歩き、あの世を目指す。その所々に審判の門があり、生前の罪が裁かれる。罪が重いと魂を清めるため地獄に落とされるが、遺族が中陰法要(7日毎に行う法要)を行い、お経の声が審判官に届けば赦される、とされている。

(ブリタニカ国際大百科事典、wikipedia )




「写真を撮る」と言うとポーズをしてしまう孫たちと。

お天気も良く、
沢山の人に集まってもらえ、
母も心置きなく仏になれたのだと思う。




2014年11月14日金曜日

オープン ガーデン

御近所のお家で、
毎年「オープンガーデン」として、
お庭を開放してくださるところがある。


今年も菊の花が見事に咲いているお庭に
お邪魔させていただいた。


ちょっとした展覧会より、ずっと見ごたえがあると思う。


2014年11月9日日曜日

献血推進活動

献血推進員になって、
3度目の推進活動。

駅のそばに設置された移動献血車と諸々の設備まで、
通りすがりの人を呼び止め献血の依頼をし、誘導する。

日曜日と言うこともあり、
若い人たちは観光地に出かけているようで、
通るのは高齢者の人が多く、
献血を依頼すると「こちらが輸血をしてほしいくらい・・・」
と断られることも多い。

近くで大阪ガスの駅前展示をしていた。
若者が多いのでその人たちが献血をしてくれたら助かるのにと思い声をかけると、
皆一様に今仕事中ですから、みたいな回答が来た。
ただ、
中の一人が、「ガスコンロを買ってくれたらしますよ!」と言うので、
献血してもらうたびにコンロを買うわけにもいかず、断念した。
(-_-)


私が不慣れなせいもあり、
今回は赤十字の職員も早目に来てくれたので、
少し楽だった。
ただ、
朝9時から夕方5時過ぎまで、
ほとんど立ちっぱなしてボランティアすると言うのも疲れる。

若い職員達は受付業務をするときは椅子に座っていて、
時々暇になると街頭に立つくらいなので良いかもしれないけれど、
高齢化しているボランティアたちのことを考えると、
これからはどういうことになるのだろうかと、
少し心配になる。

献血結果は、
42人の人が受付したけれど、
採決出来た人は34人。

朝から雨が降っていた割には、
沢山の人が協力してくれたと思う。

2014年11月1日土曜日

「健康フラダンス」 発表会 2014

今年の「健康フラダンス」の発表会は
11月1日と2日の土、日曜日でした。

「ククナ・オ・カ・ラ」による、"フラ・オ・マキー"

1日の北千里地区での発表会は、
「一番最後なので好きなだけ踊ってもいいです」とは言われていたけれど、
そういわれてもそんなには踊れない。
舞台が小さいので全員で踊ることはなかなかできなくなって来たけれど、
2つのグループが交互にドレスを替えながら踊るには、
丁度良い大きさかもしれないとは思う。

発表の時間はほぼ時間通りに始まり、ほぼ予定していた時刻に終れた。

「スィート・サン」による "パパリナ・ラヒラヒ"

2日の勤労者会館で行われた吹三地区公民館の文化祭では、
やはり一番最後のトリ。

公民館の方からは「ドレスが華やかで映えるから最後にふさわしい」
と言われているとのこと。
確かに・・・、
「健康フラダンス」は踊りもさることながら、
ドレスは見た目を華やかにしている。
少なくともドレスの華やかさはイメージとして残るかもしれないから。

前日、
時間が余るかもしれないので、
アンコールをしてもらえませんか?と連絡が来た。
いつも一番最後に全員で華やかに踊って終わるように構成しているので、
音楽のコンサートみたいに軽い曲をアンコールとして簡単に踊る、
というわけにはいかない。
せっかくの御依頼だったけれどお断りしなければならなかった。

出番は13時だったので、
朝家で出かける用意をしていたらメンバーから電話があり、
「まだ3番目のグループなのに、もう30分も出番が早くなっています!」
\(◎o◎)/!

ジャッキーによる、"プア・オ・カ・マカハラ"
母からのお下がりのドレス、です。
以前、早い時には1時間半近くも出番が早くなっていたので、
今年も同じようになるのかもしれないと覚悟はしていたけれど、
30分位、早くて1時間との読みは間違っていたかも・・・と、
急いで会場に行くと、
プログラム通りの予定時間になっていた。
前の二胡のグループが時間調節をしてくれたようだった。
司会の人も調節するのに大変だったとは思う。
良かった。
 (^_^)


発表中はそれなりにいろいろあったけれど、
一年かけて練習してきた成果を発表し、
皆、ほっとしたようだった。

お疲れ様でした。

m(_ _)m


我が家の、中国から来た留学生のワンチューが
カメラマンとして写真を撮ってくれました。


☆ ☆ ☆
一番最後に出る人を、
「とり」と言うのは何故なのか不思議に思ったので調べてみました。


2014年10月12日日曜日

市民体育祭 2014

大型の台風19号が関西に上陸するかもしれないと言われていた前日の12日、
恒例の市民体育祭が開催された。

今年ボランティアとして体育祭に参加してくれる留学生は「卢烷楚」と言う名前なので、
パンフレットに書いてもらうためにいつものように早めに名簿を提出した。
にもかかわらず、
パンフレットの名前の欄には「留学生」と書いてあるだけ。・・・・・(-_-;)  
印刷屋さんの字体にはどうも彼女の名前の漢字がなかったようだ。


中国にも運動会はあるけれど、賞品が出るのはないとのことで、
綱引き、飴喰い競争等、楽しんで出ていた。
日本語が堪能なので、
係の他の人達とも意思疎通が良くできたせいか、
彼女が競争に出た時には係のテントの下から応援の声援と拍手が沸き起こった。
(^_^)v



雨が降ることもなく体育祭は終わり、
暑くもなく寒くもない一日で、
快適に参加できて良かった



2014年10月8日水曜日

母に贈る言葉

お母さん、

私を産んでくれ、育ててくれてありがとう。  
一緒にいられたのは、
私が高校を卒業するまでの18年間でした。
その後はお正月やお盆など帰省したとき、
年に数日を共に過ごしましたね。

広沢の家に帰ってくると、
最初の1週間位はお互い久しぶりということもあり
楽しく過ごせたのが、
大したことではないことで、
時々意見が衝突するようになりました。
なぜなのでしょう。
お互い「我」が出てしまったからだと思います。

その点、久子姉さんとは喧嘩することもないようだったので、
いつも少しうらやましく思っていました。
久子姉さんとは約55年間、
人生の3分の2近くを一緒に過ごし、
亨兄さんや、孫になる義哲・里香夫妻の家族に囲まれ、
生まれ育った地域で過ごせたことは、
あなたは本当に幸せだったと思います。

昨日、あなたの箪笥の引き出しの中に、
私の小学校1年生から高校生までの成績表が
まとめて保存してあるのを見つけました。
悪くはないけれど、
とびぬけて良いとも言えないその成績表を通して、
あなたは私の何を見ていたのでしょうか?  
いつも見守ってくれていて、ありがとう。

今年の7月に危篤という連絡を受け、
大阪から飛んできました。
私が病院に着くころは危篤状態を脱し意識が戻ったので、
また元気になると思っていました。
学生時代はバスケットをしていて、
体も大きく丈夫だったので、
おじいさんと同じように90歳半ばまで
元気でいるのだと思っていましたから。
でも、
2度3度と危篤の連絡を受ける度に
段々と痩せ細っていくあなたを見ていたら、
一抹の不安がわいてきました。
それでも、最後まで意識をはっきり持って、
いろんなことに気を配っていたことは、驚きです。

とうとう最後のお見舞いになってしまった9月末の時には、
もう痛みや苦しみから早く解放してあげたいと、
私も思うようになっていました。

そして、
今は痛みも苦しみも感ずることはなくなりましたね。
良かったですね。

もう孫がいる私にとって、
お母さん、
あなたの存在がこんなに大きなものだったとは思いませんでした。
親ですからいつかは先にあの世に行くのは「定め」とは思っていましたが、心のどこかにまだまだ元気に生き続けていってくれると思っていたのです。
喧嘩するのも仲の良い証拠と人はいいます。
こんなに早く行ってしまうなら、
もう少し頻繁に会いに来ていたらよかったと、
あなたがいなくなってしまった今、
心の中で反省しています。
お母さん、ごめんなさい。

そして、時々小さな喧嘩はしたけれど、
私の人生したいようにはさせ、
見守ってくれたあなたにとても感謝しています。

昨夜のお通夜は、
孫である義哲、竜馬、千尋、あなたの好きな若者に囲まれて、
思い残すことはないでしょうね。

この広沢が私の故郷であるのと同じように、
あなたは私の故郷でした。

お母さん、いろいろ、いっぱい、ありがとう。



2014年10月8
奇しくも今日は皆既月食の日だそうです。
あなたはこの月を、どこで見ますか?


あなたを大好きな、美緒子より

また、会いましょう・・・。


2014年8月11日月曜日

ITC 卒業のご挨拶 


「ご機嫌いかがお過ごしでしょうか?

私、
前期2013-2014を持ちまして、
ITCを卒業することにいたしました。

ITCに参加させていただき、
皆様には色いろなことを教えていただき、
また、時としてご一緒に活動させていただき、
大変勉強になりました。
ありがとうございました。

ITCでは2 7年間学ばせていただきました。
昨年度の世界大会のスピーチコンテストでファイナリストとして残ることもできましたので、
自分としてはITCを卒業することに
充分な理由ができたと思っています。

これからは、
ITCで学んだことも生かしながら
ゆっくり、楽しく活動していこうと思っております。

皆様にはこれまでのお付き合いにお礼を申し上げます。
またいつか、どこかでお目にかかれることを楽しみに、
卒業の御挨拶とさせていただきます。
ありがとうございました。

皆様のご健康、ご活躍をお祈りしております。」



月に1回とはいえ、27年間通い続けたITCを卒業することにし、上記の御挨拶文をメンバーの方々にお送りした。

ITCを初めて知った時は、英会話のクラスだと思い、帰国してから英語を使わなくなり始めた生活に少しでも英語を忘れないようにするために参加したのだけれど、英会話のクラブと言うより、英語を使って実社会で役に立つグループなどの運営の仕方を学びつつ、自分で勉強するところだった。

会員の人達は、それぞれが光るものを持っている、また前向きな人たちばかりで、そういう人達に褒めていただいたり、叱咤激励されたりされた中で、自分が少しずつ成長しているのが実感できた。
それでも27年間ともなると、マンネリ化や、毎月の英語での宿題が歳と共に負担に感じられるようになってきている自分もいた。

そんな中で世界中のクラブから選出されたスピーカーによるスピーチコンテストがハワイで行われ、そのコンテストに出場できることになった。世界中から選ばれた20人近くのスピーカーの中で、母国語でない英語で最終予選の6人に残れたことは、思ってもいなかったこともあり、自分に少し自信を持もつこともできた。

また、ITCと言う組織が、"PowerTalk"というブランド名で歩き始め、組織の内容も少しずつ変化してきている中で、最初のころが懐かしく思われると言うのは、私が最近のその組織に合わせられなくなってきている、と言う感じもどこかにあったので、丁度良い機会だと卒業に踏み切ることができた、とも思う。

ただ、何も知らなかった私が、それなりにいろいろなことを知るようになったのはITCのお蔭もあり、まだITCを知らない方々には、是非参加されることをお勧めしたい。

ITCありがとう! 
m(_ _)m
ますますの発展を陰ながらお祈りしています。



2014年7月19日土曜日

母の入院

13日の日曜日に、実家の母の様態が思わしくないと連絡があったので、いろいろ予定もあったので17日に帰郷することにしていた。

ところが14日の朝、「緊急入院して、医師からはご家族の方をお呼び下さいと言われた」と連絡が来た。
あわてて帰郷し、入院先の病院に着き母のベッドに行くと、先に着いていた息子が「意識があるような無いような感じだったけれど、ママが来たら意識がはっきりしてきたみたい」とのこと。
目を開けて、こちらの問いかけには頭を振って「そう、違う」と意思表示をする。
気を使っていろいろ話しかけていたら、動かせる手を振って「もう、帰っていい」とのこと。
私の問いかけがうるさかったので、静かにしたかったのかと病院を後にした。

次の日病院に行くと、意識もはっきりして、筆談もできるようになっていた。
でも、前日のことは何も覚えていないとのこと。
時間と共にみるみる回復し、3日目には食事もでき、立つ練習までできるようになった。
高齢で毎日暑いこともあり、熱中症や脱水症の類の結果らしかった。
それにしても、意識がなくなったのが病院に診察に行っていた時だったので、迅速な対応をしてもらえたのが功を奏したと思える。

ただ、母は昨年末位から呼吸が苦しい、胸が苦しいと言うようになり、病院で数か月の間何回も検査をしてもらっていたけれど、理由は分らないと言われていたとのこと。
それが6月に緊急で病院に運ばれたときに丁度見てもらった外科の医師から、心臓のそばの血管が詰まっていると言われ、急遽血管4本の拡張手術をして、ペースメーカーも入れることにした。
そのせいで、それまで見てもらっていた医師がどうして血管が詰まっているのを見つけられなかったのかと、とても不思議に思っている。
聞いている私でさえ、レントゲンを撮ったりあちこち調べたり、何度もしていてわからないと言うのは、まだ日本の医療技術がその程度なのかと、少し残念に思う。

「病院は24時間介護とのことで、家の者は何も手を出さなくても良いて言われた」と姉が言っていた。
ところが、お見舞いに行っていて母が食事を済ませた後部屋のソファーに私が座っていたら、食器を取りに来た看護師さんが「お箸とスプーン、良いですか?」と手に持って言う。
お箸と、スプーンの何が良いのか?どう良いのか意味が分からないでいた。
続けて、
「お家の方ですか?」と聞くので「まあ、お家の方みたいなものです・・・」と言いながら私の立場を説明し始めたら、お箸とスプーンを洗面所で洗いだした。たった2,3秒。
つまり、お箸とスプーンを私に洗ってくださいと言うことだったのだと気が付いたけれど、24時間介護とは何なのだろう、部屋の奥にいる人にわざわざ渡してお箸とスプーンを洗ってもらうと言うのはどういう意味があるのだろう、「???」のひと時だった。

また、完全介護と言う意味が今ひとつわかっていないので、不思議に思うことがある。
患者の使うおしめ用のパッドとか、拭き取り用のナプキンとか、お箸やスプーンなども含め個人使用の物はそれぞれが自分で買って用意するのだと言う。
完全介護と言うのは、全ての必要品を病院が用意すると言うことだと思っていたけれど、どうもそうではなさそうだと言うことも分かった。

それにしても、久しぶりに訪れた病院は、酸素マスクにしろ点滴の器具にしろ、とても機械化されていて、随分進化していると驚くことも多かった。

願わくは、
元通りとはいかないまでも、
日常生活が自分で不自由なくできるように
母が回復しますように。





2014年6月11日水曜日

株主総会 



ひょんなことから、ある大手の会社の株主になった。

持ち株の数はともかく、
株主なので「株主総会」の案内が届いた。


株主総会予定日の20日前くらいに届いたので、
その日は既に予定が入っていて出席できない。

議決権行使書の横を見たら、
「議決権をインターネットで行使される場合は・・・云々」と書いてある。
面白そうなので、インターネットで議決を行使してみることにした。
ウェブサイトのアドレスを記入すると投票するページが現れ、
行使書に記入してある「コード」と「パスワード」を入れたら
すぐに投票できた。
あっけにとられるくらい、簡単だった。

どうしてもう少し早く総会の日を知らせてくれないのか
と言う不満は残るけれど、
インターネットで株主総会の議案に関して投票出来たのは
面白いと思う。
他の大手の会社でも、
インターネットで投票できるようになってきているのだろうか。

議案書を送り返す通信費も減って、良いことではないかと思う。

2014年6月9日月曜日

献血推進協議会総会


急に辞めた前任者の後をついで
献血推進委員になって
吹田市の献血推進協議会の総会に初めて出席した。










定刻2分前に到着し、会議室に入るとほとんどの人が着席していて、
市長まで座ってスタンバイしていた。
市長がいるせいで職員がピリピリしているのが感じられた。

座席に座ろうとすると委員の名前の書いてある札が、私のだけない。
(@_@)
市長が「早く、準備してあげてください!」
私   「名札はなくても大丈夫です」
職員 「すぐ、作り直してきます」
名札の紙は、毎回捨ててしまっているのだろうか・・・?(もったいない)

総会が始まり、市長は挨拶をしたら退室してしまった。
総会の内容、及び質疑応答は全て市の職員が説明する。

平成25年度、大阪府での献血者は約39万人いたとのこと。
吹田市では143会場で約5370人。平均1会場38人と言うことになる。
受付数は6876人なので、献血できなかった人は1506人。

献血とは日赤の事業なので
市としては職員や会議場などの提供だけかと思っていたら、
吹田市から51万5千円が助成されていた。
(@_@)
支出として啓発推進費に約40万円を使っている。
何に使っているのかと質問したら、
献血者及び受付した人に配るお礼の「ボールペン」とのこと。
日赤の名前の入ったボールペンなのだと言う。
それにしても1本68円のボールペンは高いような気がする。

女性の委員の一人が「ボールペンじゃない物を配布してもいいのではないかと思う」と言うと、
市の職員は「何か良いものがあったらお知らせください」とのこと。

そういうことを話す場が総会ではないのだろうか?
市の職員に言えば、ハイわかりました、と配布物を簡単に変更できるのか・・・。
総会と言うのは市の職員の報告を聞く場所なのか?

私の知っている一般的な総会とはずいぶん違うので、
新米委員としては戸惑っています。
(ーー;)






2014年5月27日火曜日

NTTさん。関係者の教育をしっかりしてください!

NTT西日本からフレッツ・光の「隼」の使用を勧められ、無料で新しいルーターに交換・取り付けてもらうことにした。

建築後30有余年経っている我が家の電話線を光ファイバーに交換するので、なかなか光ファイバーの線が通らず、工事には約2時間程がかかった。

工事のお兄さんは「お宅にある今迄のWifi用のルーターは古くて54メガの速度しか出ない。新しいルーターに専用のLanカードを取り付ければ毎月100円の使用料だけれど、300メガ出るからぐんと良くなる。また、新しいルーターから出る電波はコンクリートも通しやすいので、家の中で離れた場所でも電波の受信状態が良くなる」と言うので、そのカードも使うことにした。

工事の人が帰ってから約2時間四苦八苦しながらルーターとパソコンの設定を終わった。2時間かかったとはいえ、設定用のCDがあったので今迄に比べたらとても楽になったと思う。以前は丸1日かかったり、それより前はもっとかかっていたから。

夕方我が家にホームスティしているギリシャ人が帰って来たのでルーターの話をしたら「なんか変だ」と言う。
彼が家の中の電波の受信状態をipadであちこち調べてくれて、「光ファイバーに換えたとはいえ、現状は光ファイバーを通してパソコンなどにデーターを受け取る速度は20メガほどなので、300メガのルーターは過分な機器で、wifi用のルーターでさえ54メガあるのだから今まであったルーターで十分です」
つまり、Lanカードを使う必要はない、100+税金分を毎月払うのは無駄とのこと。その上、ルーターの電波はコンクリートを通過できるのは本の数%で、ルーターによってその通過率が違うことはないとのこと。

この説明を聞かなければ、私はルーターによって電波の障害物通過率が違い、前から使っていたwifi用のルーターは古くなったからとごみとして捨て、新たに毎月108円ほどの支出が増えていたと言うことになる。
(ーー;)


NTTは、きちんとした情報を顧客に伝えるように関係者に教育するべきではないかと思う。

2014年4月29日火曜日

公演 2014 藤白

地域の福祉委員会主催の「高齢者のための昼食会』に
余興として「健康フラダンス」をご披露することになりました。
1年半ぶりです。

グループのフラの後に
「真珠貝の歌」を踊り、
ホームスティしているクリストスには
彼の国のギリシャについて話をしてもらいました。

真珠貝の歌
ギリシャ共和国は、
バルカン半島最南端とエーゲ海を中心にある3000ほどの島によって成り立っている。

地中海性気候で、温暖で湿潤な冬季と、
乾燥し高温の夏季にはっきり分かれる。
地中海文明のルーツの一つで、オリンピック、デモクラシーの発祥の地。
首都はアテネ。人口はおよそ1300万人。
ギリシャ哲学者としては、アリストテレス。
海運業、移民からの送金と観光業が三大収入源。
農産物としてオリーブ、綿、葉タバコは世界でも有数の生産量を誇る。

最後に出演者で記念撮影。
194cmのクリストスがひときわ目立っているのが印象的。


参加者と同じ昼食を頂きました。
ちらし寿司もおいしかったです。