2013年12月20日金曜日

「残間 里江子」


残間里江子さんの講演があるとのことで聞きに行って来た。

山口百恵の本の出版にかかわったと言うことは聞いていたし、いろいろ話題を振りまいていた人なので、どんな人なのかと思って。

1950年生まれの小柄な、かわいらしい感じの人だった。
ただ、私が撮った写真は可愛らしく取れなかったので、インターネットで画像を探して使わせてもらいました。
m(_ _)m

彼女の肩書が「プロデューサー」と言うことで、プロデューサーとディレクターの違いを説明された。

プロデューサーとディレクターは、どちらが上とかと言うことはなく、其々別の役職で、プロデューサーは全体を把握し、企画・立案そして経費などのお金全般に責任を持つ人とのこと。
ディレクターは、指揮者や監督など部門の代表とのこと。

彼女は、山口百恵の「蒼い時」を出版するに当たり、プロデューサーとして、その役目を収入の伴う仕事として確立した人、らしい。

本の印税は一般的に10%で、後は出版社の方に行く中から、プロデューサーとして1%受け取るようにしたとのこと。山口百恵の本は400万部売れたとか。

出版するに当たりいろいろなことをする中で、良いと思ったことは即実行し、また何日も何日も根気良く続けて交渉したことなど、忍耐強い人でもあるから、今日の成功があるのだろうと思った。

今も「プロデュース」能力を生かし、様々な活動をし、会員制のネットワーク「クラブ・ウィルビー」を設立し、既存の「シニア」のイメージを払拭した「日本の大人像」の創造を目指し、活躍しているとのこと。その合間に、お母さんの介護も続けているとのこと、でした。

 

2013年12月16日月曜日

美濃路の旅

「抽選で当たりましたので、特別価格で旅行にご参加いただけます」と言う手紙が来て、昼食付のバス旅行で「美濃路の旅」に行くことになった。
(^_^)/

パンフレットの写真を見て、「なばなの里」に行くのなら、他に宝石店に寄ろうが、時間内に行けるなら構わないと思い、申し込んだのだった。

バスはまず「宝石店」や「ごまの郷」に寄り、伊吹山麓の関ヶ原の「花伊吹」という所で昼食。
続いて「千代保稲荷」通称は「おちょぼいなり」だそうで、ここはお稲荷さんなので藁に取り付けられた油揚げを投げて奉納するとのこと。商売繁盛と家内安全のご利益があるそうでした。


少しあたりが薄暗くなり出したので最終目的地の「冬の光物語」のイルミネーションを見に出発した。
到着したところでガイドの人に「ベゴニアの植物園はどこにありますか?」と聞くと、「ベゴニア?ですか?」ガイドが他のバスのガイドに聞いてくれたけれどわからないらしく「多分奥の方にあると思います」と言うので、
「なばなの里はどちらですか?」と聞くと
「なばなの里?ですか?あれは名古屋ですけど・・・」
「!!!???!!! ここは、どこですか?」
「ここは、木曽の三川(さんせん)公園です」
(@_@)

その時まで、なばなの里に行くものと思っていたので、ショックは大きかった。

何故、なばなの里に行くと思い込んでいたのだろうか・・・?
以前から「なばなの里」に行ってみたいと思っていたので、パンフレットの写真を見て、立派なイルミネーションは「なばなの里」と思い込んでしまった、と思う。
関東人で西の方の地理にそれほど強くないので「美濃」も「尾張」も似た様なものと言う感覚があり、違いがわからなかった、のが原因かも・・・。
(>_<)


イルミネーションは、時間とお金をかけて見に行くほどの物かしら・・・、と考えるくらいの規模だった。
安い旅費で昼食付きで、バスの中では眠れ、行ったことのない所にも連れて行ってもらえたけれど、行きたいと思っていたところには行けなかったので、何となく心の中がもやもやしている。
今度からは、字が小さいからと言わずパンフレットは良く読んで、行先を確かめよう、と思う。
(-_-;)

木とイルミネーションと、月

2013年12月7日土曜日

滋賀見物

国史跡:釈迦山「百済寺(ひゃくさいじ)」

聖徳太子により百済人(くだらじん)のために建てられ壮大な寺院だったが、火事や戦災により焼失し、近世に規模も縮小し再建されたという。
仁王門には3mと言われる草鞋がかけられてるが、それは仁王たちのわらじで、最初は50cmほどだったのが皆が願をかけるので、年々大きくなって3mになってしまったとのこと。
百済寺の仁王門を望む
近畿ではほとんどのところで紅葉が終わり、唯一紅葉が見られるかもしれないというので行ったけれど、黄色の葉はきれいだったけれどここも赤い葉は落ちてしまっていた。ここは紙の原料になる三椏(ミツマタ)がたくさん植わっていた。

次に晴美が見たいと言っていた琵琶湖に行ったけれど、今にも雨が降りそうな天気で風もあり、湖面は荒れた海のようにうねっていた。せっかくなので、その湖畔の風が吹く寒い中で昼食をとる。後できっと忘れられない思い出になると思いながら・・・。
(-_-;)
荒れる琵琶湖

滋賀に行くとは決まっていたけれど、具体的にどこに行きたいかと言う場所もなかったので、いつかは行ってみたいと思っていた「安土城蹟」に行くことにした。
織田信長 本廟
石段の目立つ城跡と言う感じで、お年寄りには厳しいと思える高い石段が残っていた。小さな城跡で観光客もそれほど多くなかった。城の周りの木々が育って視界はそれほど良くはなかったが、織田信長の時代には見晴らしは良かったと思われる。
安土城蹟

安土城の急な石段
最後に三井アウトレット・パーク・滋賀竜王に行く。6000台余の駐車場があるという大きなアウトレット。ブランド店がいっぱいあったけれど、物産展などはなかったので、滋賀見物に行くならやはり道の駅など、現地のお土産や物産がある方が良いと思った。
(>_<)

今回のドライブは、留学生が喜ぶのではないかと思いK夫妻が企画してくれた。彼らは姫路からわざわざやってきて、彼女たちのあいている土曜日に行くことにしたために、紅葉も終わる12月になってしまった。

ところが、朝になってキャロルがおなかが痛いので行かないと言い出した。以前から痛いと言っていたので、心配しながらも家で安静にしているように言って、出かけた。

ドライブ中は晴美はよほど疲れているのか、ほとんど寝ていた。行く先々では喜んでいたようだけれど、5時30には友達とのパーティに行かなければならないと、途中下車して行ってしまった。

夕食は家の近くで食べることになっていたのでキャロルを迎えに行った。一日寝ていたのかと思ったら、日中友達に会いに出かけたとのこと。

K夫妻は、姫路まで混むこともなく帰れたとのこと。
お疲れ様でした。

久しぶりのドライブで私は運転もしなくて良く、楽しめたのだけれど、今回の留学生はおじさんおばさんとどこかに行くより、どうも友達と遊ぶ方が良いように思える。
(-_-;)




2013年11月15日金曜日

手術 その後

背中のほくろみたいなものを取り除く手術をしてから1週間が経ち、抜糸をしに医院に行く。

ベッドに寝ていると医師が来て、相変わらず事務的な挨拶だけで「抜糸しました」。
思っていたより痛くなかったので「糸は切っただけですか?余り痛くなかったので・・・」と言うと「いいえ、ちゃんと取りましたよ」とのこと。
またまた、別室に行こうとするので
「前回、切った時に少し患部をえぐるような形になったと言われ、内部でも縫ったと言われたのですが、その糸は溶ける糸を使ったのですか?」
「いいえ、ナイロンみたいな糸で溶けることはないけれど、体には無害ですが、時として傷口から出てくることもあります」
(@_@)
「ところで、病名は何と言いましたか?ちょっと難しくて覚えられなかったので・・・?」
「いろいろありますから・・・、紙に書いてきましょうか?」
『ひょっとして先生、病名を認識しないで対応してくれたの・・・?』
と不安になったけれど、ま、抜糸だからしようがないか・・・。

医師は別室に消え、しばらくして小さな紙切れに走り書きで「アテローマ」と書いて、持って来て渡してくれた。
「確か、病理検査をしたと領収書に書いてあったと思うのですが・・・、結果はどうだったのでしょうか?」
「結果はまだ出ていません」
医師はまた消えた。

看護士が傷跡がケロイド状にならないためにテープを貼るのだけれど、テープを貼るときには1cm位ずつに切って、少しずつ上に上に重ねるように貼ってください、と言う。テープは数か月間貼ったほうが良いとのこと。

自分の背中、それも手が届かないようなところにテープを貼るというのはとても難しい。
「1枚の長いテープを貼ったほうが簡単と思うのですが、小さく切るというのはどうしてですか?」
と聞くと、今までそんな質問はされたことがないのだろう、また、看護士もなぜ切るかわかっていないようで、 (@_@) 目を見開いて、こちらを見ているだけなのでラチがあかない。
「多分、細かく切って貼るということは何か理由があると思うのでお聞きしたのですが、特にないならそれで結構です」と帰って来たけれど、何か理由があってのことだとは思う。

医院の中は明るくて、暖かくて、とても近代的だけれど、もう少し違う所にも気を使ってもらったほうが良いように思う。
(-_-;)

2013年11月13日水曜日

夕食へのご招待

夕方、台湾の留学生からメールがあり、「友達と夕食を食べに行くので、夕飯はいりません」とのこと。
それでは、フランスのキャロルと二人になるので、急遽二人用のお食事にしようと鍋焼きうどんにすることにした。
鍋焼きうどんにはお餅を入れたいので、キャロルお餅を入れてもいいかと聞くと、彼女は別々に食べるほうが良いと答えたので、そのつもりでいた。

しばらくすると、彼女が私の部屋に来て
「今日、夕飯を外で食べましょう。私が御馳走します!」とのこと。
『えっ!』と私は驚いた。
(@_@)
今まで、そんなことを言ってくれた留学生はいないし、留学生はお金がないものだと思っているので、そんなことを言ってもらうことは考えてもいなかったから。
一瞬の間、この招待を受けるべきか受けざるべきか考えた。
『そう・・・、彼女の経済状態は今までの学生とは少し違うようだ。せっかく言ってくれているのだから、お言葉に甘えてもいいのじゃないかしら・・・』

「あら、本当!良いの? もちろん、行きましょう!」
(^_^)
彼女は「お財布の中に今1万5千円くらいしかありませんが、これで大丈夫でしょうか?」と聞く。
いったいどんな晩餐を想像していたのかしら・・・?と思いながら、
「足らない分は私が出しますから、大丈夫です」と答えておいた。
(^_^)/

どこに行こうかと言うことになったが、
近くのレストランは今一のような気がして、少し離れた場所に新しいレストランがたくさん出きたのでそこに行くことにした。
そこまで歩いて行くと25分くらいかかるので自転車で行きたいと思ったが、自転車は1台しかないので友人に借りようと電話したら、自転車は古くなったので捨ててしまってもうないとのこと。
彼女に、どこに行くのかと聞かれたので、食事に行くと答えたら、家の車があいているので使ってください、と言われ、これもお言葉に甘えて借りることにした。

外は暗くなっていたけれど、車で行くのは温かくてやはり便利。
行く先は、結果的にお寿司が好きと言うキャロルの意見もあり、回転寿司に行くことにした。

回転寿司は久しぶりで、特にそのお店は10数年ぶり位に訪れることになった。
車を入れようと、後ろに木立がある駐車場にバックをしているとキャロルが、「後ろに車がありますよ」と言う。
良く見ると、真っ黒い車が黒い木の茂みの前に止まっていた。
(@_@)
彼女が言ってくれなかったら、そのまま車にぶつかっていたかもしれない。

フランスでは縦列駐車をするときには前後の車のバンパーに当たりながらスペースを確保して駐車するというが、ここは日本なので少しでもぶつかれば大事になる。
彼女が言ってくれてよかった。(・_・;) 
それにしても、乗り慣れていない車種とはいえ・・・車があるのに気が付かないとは・・・。 
歳と共にあちこちに衰えがきているのも再確認してしまった。気を付けよう。

回転寿司店では、回ってくるお皿の上にカバーがかけられていた。
カバーが付いているのでお店の中を回っていても清潔だと思えた。
また、お皿5枚ごとにゲームができ、最初の1回は当たって、おもちゃが出てきた。

二人で合計2100円。
御馳走様でした。
おなかがいっぱいになってしまった。
(^_^)/

毎日夕食を作っている私のことをおもんばかって、お休みを作ってくれたキャロルの優しさに感謝。



2013年11月8日金曜日

手術

背中にほくろが出来た・・・、と思っていたら、どうも違うような気がしたので、
近くの山田駅のそばにある皮膚科に行った。
診断は「〇※Å◎Θ」(難しくて覚えられなかった)
(@_@)
古い角質層が剥がれず残っていて、その周りを新しい皮膚が覆うような形になるために、時として大きくなったり腫れたりするらしい。
痛くも痒くもなく、ほくろだと思っていたくらいなので、幸いだった。

予約をして1か月以上たち、今日が手術の日。
生まれて初めての手術となるのかもしれない。
予約時間に医院に行くと、早速部屋に通され、ベッドに寝るように促された。
服を脱いでうつ伏せになっていると、若そうな女医が入って来て、
「麻酔をするので痛かったら言ってください」と言って、すぐ注射を始めた。
手術中は特に何の説明もなく、「終わりました」とのこと。
無事手術は終わったらしい。

看護士が飲む薬の説明をしている間に担当の医師は、別室に行こうとしたので、
「麻酔はどのくらい効いているのですか?」と聞くと
「1時間半くらいです」と看護士。
「痛み止めは飲んでからどのくらいで効き始めますか?」
「30分くらいです」と看護士。
「どのくらい切ったのですか?」と聞くと、
「4cm位です」と、初めて医師が答えた。
「何針位塗ったのですか?」
7針縫ったことを告げると、医師はそそくさと別室に消えてしまった。
(@_@)
患部を濡らさないように、続いて次回の消毒や抜糸の予約をするようにと看護士に言われ、受付に行き、支払いを済ませた。

家に帰って来てから、何となく腑に落ちない。
医院にいた時にした質問はこちらからしたもので、
医師の方からは特に説明等をしようとした様子は見受けられなかった。

こんなに説明をしてくれない医院には、今まで行ったことはないように思う。
医師は皆女性なので、優しくて丁寧なのだけれど、親切ではないと言える。
患者に対しての説明が今回の手術の前後には省かれているのだから。

代表者が阪大の女教授で、他の医師たちも皆阪大の出身らしい。
今までも阪大病院に行ったり、阪大出身の他の科の医師に診てもらったけれど、それなりに説明は有った。
技術に対する信頼は相当あると思うけれど(と言うか、周りに皮膚科がないせいかもしれないけれど)医院は相当混んでいたので、阪大の皮膚科では、患者に説明するということは教えていないのかもしれないと、今回の対応から、そう考えてしまう。
(-_-;)




2013年11月5日火曜日

阪大 「吹田祭」 落語

この数年、阪大「吹田祭」の落語を聞きに行っているけれど、いつもは会場の半分ぐらいしか聴衆がいないので、寂しい感じがし、今年も同じようなのかもしれないと思っていた。

一年ぶりにいつもの部屋を訪れてみると、今年は様子が違い、空いている椅子を探すことになった。
(-_-;)
私のブログで「吹田祭」のことを書いたから・・・?

ま、それはないとして、考え付いたのは、今回の出演者の顔ぶれのせいなのかも。
出演者は、桂團次郎、月亭方正、桂春蝶。
桂春蝶は今までもずーっと出ていたそうなので、月亭方正のせいかもしれない。
彼は今まで山崎方正と言う名前で芸人として活躍していたのが、急に落語家になった人。それまで、それなりに名前は知られていたから、学生たちも知っていたので多くの人が集まったのかもしれない。

15:00、時間通りに始まり、桂團次郎が歯切れよく話し、


桂團治朗
続けて方正の出番のはずが春蝶が出てきて「方正がダブルブッキングしてしまい、今大阪市内からこの阪大の会場に車で向かっているので少し遅れます。ですので、私が16時15分までやり続けます」とのこと。
桂春蝶
 
春蝶も急なことにもかかわらず、時間を延ばして話を続けたけれど、16時15分近くになったらまた連絡があったらしく、「渋滞していて到着は16時30分ごろになりそうですので、私も頑張ってそれまで話させていただきます」みたいなことになった。
5分10分の延長ではなく、30分以上の延長をさばける。さすが、プロだと思った。

やっと方正が到着して、話し始めたけれど、私も予定があっていつまでも聞いているわけにもいかず、どうしようかと思いながら彼の話を聞き始めた。話し方ははっきりしているわけではないが、独特の話方で、それなりの味はあると思えた。
けれど、演題が「手水廻し(ちょうずまわし)」とかいう話で、この阪大でしか落語を聞かない私が知っていた話だった。確か、違う落語家が以前この阪大でこの演題をしたように思う。同じ演題を続けてするというのは、こちらもダブルブッキング、と言うのだろうか・・・。 (^_-)

月亭方正
初めて聞く話なら聞いてみようとは思っていたが、別の用事が迫っていたのもあり、退席することにした。後ろを見たら立ち見が出ていた。
聴衆が多くてよかった。
(^_^)

2013年11月4日月曜日

赤十字の「献血委員」

献血委員の委嘱状が、市長名で届いた。

前任者の都合が悪くなり、急遽、地域の献血委員となることになり、
今日、街頭でする献血活動に、初めて参加することにもなった。


朝、10時に集合とのことで、10時少し前に会場に行ったら、他地区の献血委員が既に来ていて、「献血車を止める場所の柵の鍵を借りるために朝の8時30分に来なければならないと言われ、来た。そして柵をどかそうとしたけれどなかなかどかせず、汗だくになった」とのこと。
(私も朝8時30分に来なければならなかったのか・・・、と内心びっくり!)

急に委員になったため、何の引継ぎもなく、何も知らなかったので、何歳から献血できるのかをはじめ、一人何ml採血されるのかさえも詳しく知らなかった。

基本的に、男性は17歳から、女性は18歳からで、64歳までの人が献血できる。
64歳までに献血の経験のある人は69歳までできるとのこと。
200mlの血液はほぼ足りているらしく、一人400mlの採血を中心にするとのこと。
献血できない人の条件はいろいろあり過ぎて、全部は覚えきれなかった。

大きな献血車は大阪府の赤十字血液センターから来ているらしく、車の名前は献血してもらおうというのにはそぐわないような「くれない1号」。漢字で書けば「紅1号」でわかるけれど、面白い名前を付けたものだと思う。
(-_-;)

市からも、担当の人が来ていた。担当者はちょこちょこ変わるとは聞いていたけれど、既に1年以上担当しているという割には、私の質問に答えられないことが多かった。順番に担当するとはいえ、もう少し頑張ってほしいかも・・・。
私たちボランティアを残して、お昼には帰って行った。
(-_-;)

お昼休みを挟み、10時から12時までと13時から16時まで、通行人にプラカードを見せながら献血のお願いをするのだけれど、祝日であるのと時間的なものもあり、歩いている人は献血できなそうな高齢者が多く、17歳から64歳までの適任者の姿はまばらだった。


1日活動した結果は、
受付数50人、採血出来た人数42人。
そのうち200mlが5人、400mlが37人。
協力してくださった方は本当に偉いと思います。
ありがとうございました。
m(_ _)m

今日献血に関わったのは、
3人の看護師と1人の医師、その他3人の職員プラス1人の市職員。
それにボランティアが、
半日だけの6人と朝から夕方までの4人、それに任意の人1人。
合計、有給の人8人とボランティア11人の約20人。
献血者の数に対し、これは、どう評価したものだろうか・・・。
多いのか・・・、それとも少ないのか・・・。
(-_-;)

初めてのことなので、言われた通り4時に帰ろうとしたら、他地区の献血委員は机や機材をかたずけたり、献血車が出た後の柵を再びセットしてから、場所を貸してくれた駅員に鍵を返してから帰るという。
会場を手配したりするのは赤十字の職員なのだから、その人に頼めばいいのではないかと言うと、ボランティアがすることになっているという。
(@_@)
職員がいるのだからと思い、直接その職員に
「鍵は直接返してもらったらいいですよね?」と言うと、
「献血車が出た後に柵をするのだから、してもらわないと困る」とのこと。
(@_@) ???

鍵を返しに行くのは高々2分もかからないのだから、献血車を出した後柵をし、2分ほど献血車を待たせて置いて、職員の誰かが返しに行ったら良いのじゃないかと思うのだけれど、彼の頭の中はそんな考えはなく、ボランティアがするべきだという考えしかないらしい。
(-_-;)
お給料は何のためにもらっているのだろうか、と、ボランティアの人は考えてしまうのだ・・・。
(-_-;)

初めて、献血のお手伝いをして、いろいろな経験をしました。
ボランティアの人がボランティアとしてこれからも無理なくかかわって行けるようにと願います。

2013年11月2日土曜日

健康フラダンス 発表会 2013

文化祭のシーズンです。
「健康フラダンス」でも2グループの発表会がありました。

それぞれが練習している公民館の文化祭は例年ずれていたのですが、
今年は同じ日に開催することになってしまいました。
「健康フラダンス」のグループは「友情出演」をしてそれぞれの出番を支え合っているので、同じ日に2回も発表をすることになってしまったのです。

一方にはなるべく出番を早くするように、
もう一方にはなるべく遅くするようにお願いした結果、
スィート・サンのグループは朝10時20分からの出演、
もう一方のククナ・オ・カ・ラのグループは午後3時25分からの出演が決まり、
移動時間とお昼を食べる時間を入れても
2公演とも充分楽にこなすことができる予定です。


昨年度、スィート・サンの地区の文化祭では
前のグループが早め早めに終わってしまい、
「出番ですよ!」と言われた時には予定時刻の1時間10分以上も早かったのには、
皆びっくりしながら大慌てでした。
それでも早くなってしまったのは、出番が最後だったからと思っていました。

今回は前から3番目の出番なので時間通りに行くはず・・・と、思っていたのは甘かったです。
9時30分から始まった文化祭で、それぞれ入れ替え時間を含め20分程の持ち時間がある2つのグループが、9時50分にはもう終わってしまい、
「健康フラダンス」は10時20分の出演なのに、10時前には出演しなくてはならなくなったのです。
(@_@)


出演する前に予行演習をしようとしていたもののそれもできませんでした。
出演時間20分としっかり言い含められて、時間内に終わるように計画していたので、急遽「ゆっくりしてください」と暗に時間を延ばすように言われても、そんなに伸ばせるものではありません。
それでも、予定時間の倍近くを使い、他のグループのためには本来の出演時間に少しでも戻せたことは良かったと思います。

それにしても、公民館の担当者の方にお願いします。
ここ数年、出演時間が大幅に早まるという、同じことを繰り返しているように思われますので、持ち時間厳守でするよう、時間の配分をどうにかしていただけませんか、ね?


とはいえ、無事、午前の公演を終え、
十分すぎる休憩時間には中華のランチセットを楽しみました。
普通の大きさの、天丼とラーメンと、飲み物のセットで1000円弱です。
最近、お食事が安くできるようになってきたように思うのは、私だけでしょうか?

午後のククナ・オ・カ・ラの地区の公民館の出演は、各クラブ20分と決まっているうえに、出演グループも毎年時間をとても厳守するのです。こちらでは安心して出演時間まで準備ができると思っていました。
ところがところが、「ブルータス、お前もか!」です。
出番が2つ前の子供の太鼓の演奏があっという間に終わってしまい、こちらも心の準備がきちんとできないうちに出番となってしまいました。

それでも、朝に一度本番を経験しているので、皆それほど焦ることもありませんでした。
こちらの方は会場が小さいせいもあり、立ち見も出る繁盛ぶりです。観客との間も近く、熱気のある応援の中で踊れたことを皆喜んでいました。


朝から夕方まで、また、ばたばたした一日になってしまいましたが、
年に一度の大行事の日が、やっと終わりました。

来年の文化祭に向けて、皆、また明日から頑張ります。
(^_^)/

2013年10月31日木曜日

爪 と 目


2013年度の芥川賞を受賞した、藤野可織の「爪と目」を読むことになった。

最近はとんと本を読むことが無かったせいもあり、「芥川賞」受賞の小説なら、相当素晴らしい内容の物なのだろうと言う先入観があったので、冒頭から「?」「?」「?」の連続なのには参った。
読書会として、やむを得ず読まなければならなくなった「小説」とはいえ、こんなに分かりにくい本は久しぶりだった。


3歳の女の子が、義理の母になるであろう女性を、観察し、推測し、断定したりしているので、まずその思考力についていけなかった。
 
夏目漱石の「吾輩は猫である」の猫と同じと考えれば、少し分りやすいのかもしれなかったのだろうが、読んでいるときには内容を理解しようとすることにエネルギーを費やし、猫と同じなどと言うことは思いもつかなかった。

芥川賞選者の一部が「出色の出来だ」と言う反面「理解できない」と言う選者もいて、私は後者に同感した。

「読書会」に本を読んで参加した人4人の内、わかりにくいという感想を持った人は3人で、1人はとても良くわかるとのこと。

「芥川賞」受賞作品は難解と言われているとのことだけれど、せっかく時間を割いて読むのなら、難解でなく、心がときめくような(ときめく片付けから思いついた言葉)、これからの励みになるようなものを読みたいと思った。
 
 



2013年10月30日水曜日

大阪大学 第42回吹田祭

大阪大学の「吹田祭」が始まった。

今日、散歩の途中で小ぶりなポスターを発見。

毎年開催されているのだけれど、
人をあまり集めたくないのか、それとも宣伝が上手でないのか、
意外と少人数でやっている感じ。

今年の映画は「レ・ミゼラブル」。
落語はいつも聴衆が少ないので、何か、もったいない感じがしていた。
今年は桂團次郎、月亭方正、桂春蝶などが出演するそうなので、
お時間のある方は行って見られたらいかがでしょうか?

11月1日 金 12:30- 映画「レ・ミゼラブル」
11月3日 日 14:00- 音楽会 コンベンションセンター
11月5日 火 15:00- 落語会  桂團次郎 月亭方正 桂春蝶
 
 
等・・・です。

http://www.osaka-u.ac.jp/ja/news/seminar/2013/10/5790

2013年10月24日木曜日

歯石除去手術

我が家の犬、パピヨンのジョイは今年14歳になりました。
人間の歳にしたら70歳を超えているようです。
見た目はまだ若々しく、
自転車と一緒にそれなりのスピードで走りますから、
他人様から見たら若い犬のように思われるくらいです。
 
 
でも、目は白内障が進み、
耳は聞こえが悪くなってきていますし、
歩く速さも若いときに比べると少し遅くなったような感じです。
 
自分の方が偉いことを示そうと、
新しい留学生が来るたびに、
ウーウー、うなったり、吠えたりしています。
でも、今年のフランスからのキャロルは少し違いました。
 
事あるごとに触ろうとしたり、
お食事の時におやつをあげたり、
私がしている動作を見て、
お座りやハイタッチを自分なりにマスターして、
ジョイにさせているのです。
ジョイはハイタッチをしながらも、ウーウー怒っているというか、
怒りながらしている状態です。
これほどジョイを手なずけた学生は初めてです。
(@_@) 
そのキャロルが、
私がいない時に首輪をつけようとしてジョイに噛まれたのです。
でも、痛くなかった。
それどころか、ジョイの前歯がぐらぐらしていて、
ジョイは痛い痛い、と、自分の歯をなめたというのです。
 
 
単に歯が揺らいでいるのなら歳のせいで抜けるのかもしれないので
放っておこうと思ったのですが、
最近の口臭が歯のせいかもしれないと思い至りました。
その上、歯周病菌で眼が腫れてしまった犬がいる、と
ふと目にした犬の歯周病の記事に驚き、
急遽、動物病院に行くことにしました。
 
動物病院で全身麻酔をして歯石を取ってもらいました。
14年間温存してきた歯石は、
歯の周りにべったり、鎧のようについていました。
小さい前歯も数本ぐらぐらしていて、抜くことになりました。
(T_T) 
特に大きな病気もせず、親孝行(?)のジョイでしたので、
あと何年生きるかわからないけれど、
少し費用も高めでしたが(3万7千円)、
口の中をきれいにしてあげて、
本人も飼い主もすっきり過ごせそうです。
(^_^)
 
ジョイのかかりつけの動物病院の先生の考えは
少し他の動物病院の先生と違いユニークで、
我が家のジョイには合っていると思います。
 
箕面にある「永田動物病院」の先生の「考え」が、
病院に貼ってあったので、
ご紹介します。
 
 
 
「犬や猫を元気に楽しく、長生きさせる秘訣 
ーもしかして人間もー 」
 
☆ 定期検診を受けないこと
☆ 病状を薬で抑えないこと
   等々・・・
 
 (-_-;) (^_^)/
 
 ジョイの口臭は、
歯石除去後はしなくなりました。
(@_@)  (^_^)v
 

2013年10月18日金曜日

異文化体験

夕食の時、もう少しご飯を食べたかったので、
晴美に「もう一口か二口、ご飯を入れてね」と茶碗を渡したら、
お茶碗にご飯が半分ぐらい入っていた。
私の一口はどのくらい大きいのかと、思わず吹き出してしまった。
(@_@)
今度からは、〇〇の一口分くらい、
と具体的な人の口の大きさを言わないといけないかも・・・
(^_^)

キャロルはいつも夕食の時、「おいしそう!」とか「おいしかった!」と言ってくれて、
いつも気持ちよくさせてくれる。
今日は、体育祭の賞品でもらったインスタントの「麻婆豆腐」の素だけ
では少し味気ないかと思い、
ネギとひき肉を少し加えたものと、
塩じゃけの焼いたものと味海苔、
初めて買ってみたあさりの佃煮の缶詰。
「おいしかった。お料理上手ですね」とまた言われてしまったけれど
「・・・・・」
ほとんど私が原料から作った物はなかったので、
喜んでいいのかどうなのか、複雑な心境。
(-_-;)
でも、素直に喜んでおくことにしよう。
(^_^)

体育祭の買い物競争でキャロルが当たった物はパイナップル。
そのパイナップルのにおいがとても強くなったので食べることにした。
キャロルが当てたのでキャロルに皮をむいてもらった。
「パイナップルの中にある芯を食べますか?」と聞くので、
「あなたが食べるなら、食べてみます」と答えた。
パイナップルの剥き方は、
まず薄く全体の皮を剥き、
次にジャガイモの芽みたいな黒い部分が意外と規則的に並んでいるので、
その部分を列ごとに取り除く。
そして縦に4分の1に切り、
芯と一緒に一口で入るくらいの薄切りにする。

 
熟しかたも丁度良かったせいなのか、
芯も一緒に食べてもそれほど抵抗はなかった。
タイに旅行した時に現地の人達の食べ方を見て習った、とキャロル。

今まで私がしていた食べ方に比べ、
捨てる部分が少なくてエコであり、
もったいなくない。
良い食べ方だと思う。
 
今日も異文化との遭遇で、
面白おかしい日になりました。
(^_^)/

2013年10月13日日曜日

市民体育祭 2013

恒例の、市民体育祭の日がやって来ました。
 
いつものように朝早くから出かけて、
まだ人の少ないときに記念撮影です。
 
 
今年も「賞品係」として、晴美、キャロルと頑張りました。
 
 
ゲームも、綱引き、玉入れ、大玉運び、と、
沢山参加しました。
 
 
今回は、大人気の買い物ゲームに留学生の二人が参加できることになり、
また、私もくじ引きで参加できることになり、
皆で買い物ゲームを楽しみました。
 
私はブドウを、キャロルはパイナップルを
そして、晴美は「フルーツ・バスケット」が当たりました。
フルーツ・バスケットの中には
ブドウとナシ、それにメロンが入っていました。
 
台湾でも運動会をするそうです。
学校では賞品は出ないので、
「日本の運動会は大好き!また出たい!」
(^_^)/



2013年10月5日土曜日

家具移動

Caroleの使っている部屋の中にはベッドと机と箪笥があります。
机は窓に向かって置いてあり、
勉強で眼が疲れた時には外の木々を見て、
眼を休めてほしいと思っていました。


我が家に来てしばらくして、
机の引っ越しをしていいですか?と聞くので、
貴方の部屋ですから、お好きにどうぞ、と答えておきました。

すると、机の向きが、
窓の傍から壁に向かうように移動されました。
しばらくすると、最初の向きと逆に
窓を背にリビングが見通せるように置かれました。

それで移動は終わりかと思っていたら、
今度はベッドの位置が変わっていました。

余りにもめぐるましく位置が変わるので
いつ終りになりますか?と聞くと、
「完璧」になったらと言います。
(@_@)

そうこうしているうちに、
今度はベッドがリビングを見通せる位置に来て、
机が奥の方に引っ込んでしまいました。

我が家に来て、早くも2週間たちましたが、
こんなに家具をあちこち移動させる人を
初めて見ました。

それほど重くない家具とはいえ、
良く疲れない物だと、感心します。

また、彼女の「完璧」の日は、
いつ来るのでしょうか・・・。
(-_-;)

2013年9月26日木曜日

誕生日のお料理

25日はCaroleの誕生日でした。
でも、晴美が甲子園に野球観戦に行き、
友達の家に泊まってくることになっていたので、
お誕生日のお祝いは26日にすることになりました。

誕生日のお料理は自分で作りますと言い、
24日から台所でガサゴソ何か準備していました。
 
 

26日の夕食は3品食卓に準備されていました。
オレンジジュースとクリームか何かのソースの中に
エビが入っているものと、
ハマグリにパン粉と香味野菜が振りかけられているものと、
パイ生地にハムやホワイト・ソースが入っている物。
それに、白ワインもついていました。

 
「うわ~、おいしそう。どのお料理も、初めて食べます!」
と言うと、
「私も、皆、初めて作りました!」
とのこと。
(@_@)

ケーキはプレゼントと言うことで、私が作ることにしましたが、
いつもの大きなケーキだったので、
3人には十分過ぎました。
 
今まで、多くの留学生を預かりましたが、
自分のお誕生日に自分でお料理を作るといった人は、
初めてのように思います。
その上、お料理はレシピを見れば作れますから、と、
今まで作ったことのないお料理を
他の人に御馳走する人もなかなかいないように思います。
相当、お料理の腕に自信がありそうです。

私の実家では、
誕生日毎に他の人にプレゼントをあげるのは大変なので、
お誕生日の人が皆に御馳走すれば、
年に一回の出費で済むからと、
随分前から実行していますが、
Caroleの行動と重なる部分があるように思いました。

彼女は
今まで我が家に来た子達と少し違う部分が見えるので、
これからどんなことがあるのか、と、
興味津々です。

(^_^)





2013年9月24日火曜日

お掃除好き

我が家の夕食時は、
お料理を作った人以外が
お茶碗を洗います。

阪大の留学生キャロルは我が家に来た日から
進んでお茶碗を洗ってくれました。
見ていると、洗った後に流しの入念な掃除までしています。
流しの大掃除は週一ぐらいしかしないので、
私と晴美の二人は、
驚いて顔を見合わせてしまいました。

昨日はピザを作ってくれましたし、
今日、お茶碗を洗う時には、
流しの掃除だけでなく、
流し台周りの大掃除までしてくれたのです。
こんなお掃除をしてくれる人は、
今まで10年間留学生を預かって来ましたが、
初めてのことです。
(@_@)

私もつられて
いつかしなければ・・・、と思っていた
換気扇の掃除を、してしまいました。

掃除が終わって台所がきれいになったら、
私のところに来て「お疲れ様でした!」と言うので、
「お疲れ様は、私があなたに言う言葉ですよ」と
教えてあげました。
(^_^)

2013年9月22日日曜日

2013 留学生 Carole

今年度は、いつもの学校から預かる留学生の他、
初めて、大阪大学に行くという
留学生を預かることになりました。

我が家から大阪大学までは歩いて10分くらい。
そんなに近いのに、
我が家の子供たちは誰も
大阪大学に通うことはありませんでした。

せっかくこんなに大阪大学に近いのに・・・、
と内心ずーっと思っていたので、
やっと我が家から阪大に通う人が現れて、
私もうれしくなりました。

留学生はフランス人で、
ベルギーの大学に通いながら、
その大学と阪大の交換留学生として、
9月から2月まで大阪に滞在する予定です。

ふくよかな体格と、
良く笑う性格のようです。
日本語は、自分でアニメやドラマを見ながら勉強したとのことで、
ほとんど訛りがありません。

一人でどんどん行動し、
今日は梅田から日本橋まで行って、
お昼は回転寿司で済ませてきたとのことでした。

「駅まで迎えに行ってください、
大学までの通う道を一度実際に案内してやってください、
市役所や銀行の手続き、
携帯電話の申込みに一緒に行ってやってください」
とは、至れり尽くせりのいつもの大学からの依頼です。

自分が望んで訪れる国です。
本当に困ったとき以外は、
自分で何でもさせることも必要かと思います。

私の若いころも思い出し、
更に、自主性と言うものの大切さを強く感じさせられた
新しい留学生です。





2013年9月15日日曜日

留学生 2013 「晴美」

2013年度の留学生が8月の末、我が家に来ました。
台湾の学校は高校からの5年生で、
今4年生にあたるそうです。
専門は「日本語」とのことで、
80%ぐらいは理解できているようです。
まだ18歳とのことで、
今までの留学生に比べると少し幼いような気がしますが、
その分素直な感じもします。
 
 
昨日は「岸和田のだんじり」を見に
学校関係者の引率で行ってきました。
面白かったようで、
法被が欲しかったけれど、売っていなかった、
焼き鳥が1本200円だった、
いろいろ驚きながら経験しています。
 
来年の1月までいる予定ですので、
よろしくお願いします。
(^_^)

2013年9月13日金曜日

「女性セブン」

「女性セブン」に
「健康フラダンス」の「ククナ・オ・カ・ラ」のグループが
取り上げられました。
 
中国から帰ってきた2日後に
突然女性セブンの記者の方から電話があり、
「平均年齢80歳」のフラガールを取材したいと、
申し入れがありました。
 
早速皆に、
いつものように赤いスカートでお化粧もバッチリしてください、
と連絡し、当日を迎えました。
 
今回も記者とカメラマンのお二人で、
練習の間約1.5時間、
写真を撮ったり、話を聞いたりされました。
その後個人インタビューとして、
1人10分近くの話を2人分聞かれ、
帰って行かれました。
 

個人的に受けていたフラガールのインタビューがあまりに長いので、
1人当たり1ページくらいの特集になるのかも・・・・、
などと、内心期待していました。
 
昨日、女性セブン9月26日号が送られてきました。
折しも、2020年のオリンピックが決まった直後だったので、
その特集もあり、「健康フラダンス」としては
なかなか良い組み合わせになったと思いました。

本を開いて、どこに載っているのか・・・、
赤いスカートの写真を探しましたが、ありません。
 
やっと見つけたのは白黒写真で、
他の2つのグループと1ページを分けて掲載され、
上部3分の1程の部分を占める写真と文章でした。

 
お化粧したのも分からないくらいの小さな写真でしたが、
載っている人には自分がどこにいるかはわかるので、
それなりに記念になりました。
 
今回は「敬老の日」に向けての特集、だそうでした。
 
(^_^)

2013年8月21日水曜日

2013 中国旅行 北京 帰国

今日は帰国する日です。
秋艶たちは空港まで送ってくれると言ってくれました。
 
朝早いので、申し訳ないと思いながら待っていましたが、
なかなか来ません。昨日遅くまで付き合ってくれたので、
寝坊してしまったのかと思いました。
 
やっと来たので安心しましたが、
車が渋滞していて動かないので、
途中でバスを降りて、2人で走って来たとのことでした。
お疲れ様でした。
m(_ _)m
 

北京から大連に向かった飛行機では、
いつもは出る飲み物が出なかったので、
中国航空は国内線は飲み物は出ないのかと思っていましたが、
大連から北京への飛行機では、飲み物が出ました。
(@_@)

北京空港では日本へ帰る飛行機を待つ時間が長いので、
仮眠を取るような長椅子で少し休みました。
この長椅子は10脚ほどありましたが、満員でした。

おなかの調子が思わしくないので、
海外旅行中にはあまり食べないようにしている和食を
北京空港で食べてみることにしました。
空港も政府の管轄下ですので、
料金は日本並みです。

北京空港の饂飩、48元 750円くらいでした。
「うどん」は充分茹でられていなかったようでしたし、
単なるうどんなのにキュウリ、トマト、ハムなどが入っていて、
味も今一でした。
冷麺と間違えているのでしょうか・・・。
(-_-;)
 
料金は日本並みと言うか、それ以上です。
「北京空港ではうどん」を食べるのは、
よ~く考えてからの方が良いでしょうね。
 
やっと飛行機に乗り、日本に向かいました。
夕食が出ました。
鶏が良いか、海鮮が良いかと問われたので、
迷わず「海鮮」の食事にしました。
 
海鮮とは、カニカマボコのことを言うらしく、
カニカマがたくさん入っていました。
日本で言う、本物の海鮮が良かった~。
(T_T)

と、言うことで、久し振りに訪れた中国は
驚くほど変わっていました。
 
でも、今回は頼れる中国の人がそばにいたので、
不安なこともなく、十分楽しむことができました。
 
また、中国に行く日が来ることを願っています。
(^_^)/
 
 

2013年8月20日火曜日

2013 中国旅行 「大連」3

秋艶たちが撫順から大連に戻ってきて、
忙しい中を私たちのために町を案内してくれました。
 
まず、秋艶の実家で、お昼をごちそうになることになりました。
テーブルの上の御馳走はすべて秋艶のお父さんが作ったものです。

沢山の御馳走。この後にもいくつか出てきました。
写真の一番上のお皿はカモの卵の塩漬けです。
普通のゆで卵と思ってバクッと食べたら、
皆が「アッ!」となりました。
塩辛すぎるので、少しずつ食べるのだそうです。
確かに、塩辛すぎました。
(>_<)
 
白酒と言う、強いお酒も出していただいたので、
物は試しとグラスに1cmほど入れて飲んでみました。
確かに強いのがわかりますが、
何か、ふわっと、良い香りがするような気がしました。
 
ところが、やはり眠くなってしまい、
仮眠を取る羽目になってしまいました。
(-_-;)
 
秋艶の家の「ニュウニュウ」
バレーボールくらいの小ささです。
人間が怖いのか、威張っているのか
いつも「ブー、ブー」言ってました。
 
 
秋艶の実家は60~70㎡位でしょうか、
寝室が3つとダイニングキッチン、トイレとシャワーのある部屋です。
おばあちゃんとご両親で住んでいました。
部屋は国から使用権を認められ、
それは子供に継承されるそうです。

 
おばあちゃんは昔日本語を習ったそうです。
私に何か喋りたそうでしたが、
なかなか意味は通じませんでした。
 
秋艶たちの新しい家に行きました。
 
建物は随分昔に建ったと思われ、
入り口や廊下の壁は年代を感じさせました。
共用部分はお掃除はしてあるようでしたが、
ペンキを塗ったりの改修はしないようです。
 
家の中はリフォームしたので、
新品のようにきれいになっていました。
 
仲良し二人。

夕食は「火鍋」を食べました。
火鍋と言うのは、鍋を火にかけるということで、
日本の水炊きみたいなものです。
鍋の中が二つに分かれていて、
片方は生姜などの香辛料でしたが、
もう一方は唐辛子が入っていて、辛口でした。
 
 
 
つけ汁に入れる薬味の多いのに驚きました。

火鍋の薬味の棚

お食事の後は、夜の「星海広場」を散歩して、
遊園地で空中を回るブランコに乗り、
その後カラオケに行きました。
右の小さなテレビみたいなのが
歌を検索したり決定するもの
カラオケの部屋は豪華でしたが、
廊下に面した壁はガラス張りでした。
 
途中、再度「大菜市」に行ってもらったりしたので、
とても充実した一日になりました。
ヽ(^o^)丿








2013年8月19日月曜日

2013 中国 大連2

今日はエロディと二人、大連観光をします。
一度バスに乗りたいと思っていたので乗ることにしたのですが、
エロディは不安そうでした。
バスの中の乗客の人達は親切で、
降りる場所を教えてくれたりしました。
 
「ロシア風情街」と言われる場所に行きました。


 
町並みは美しく、
ロシア風の建物やお土産屋さんが並んでいました。
 
次に「大菜市」です。
ここは大連市民の台所を担う大型の市場、
小さなお店が沢山集まっています。
1階は食料品、2階は服飾関係・・・等々。
(後で秋艶に、
中国語が話せないのに良く行けましたね、
と驚かれました。)
 (^_^)v
個別の包装のお菓子屋さん。
お昼になったので、麺屋さんに入ることにしました。
お店の前に数種類の麺と、数種類の野菜と、
その他いろいろなものが置いてあって、
そこから好きなものを選ぶようです。
私は他の食べ物も持っていたので、
お店の人に交渉して半分の量ですべての麺や野菜を入れてもらい、
半額(4元)にしてもらいました。
(^O^)
食堂街のお店。
 
水洗いの設備がないようで、どんぶりにナイロン袋をかけ、
その上に麺類を入れて食べます。
次のお客さんにはそのナイロン袋を新しい物に換えて出していました。

お店のお客さんと気が合い(話はあまり通じてない)
記念写真を撮りました。
おなかも満腹になり、次はショッピングです。

大連駅の前で「大」の字で、記念写真を撮りました。
大連駅の南側に「勝利広場」という所があり、
その下がショッピングセンターになっています。
お店は2000軒あると言われています。
「大菜市」よりは少し高級のお店があると言う感じでした。
 
お店を見て歩くだけでも時間がかかります。
適当に切り上げてホテルに帰ることにしました。
バスに乗ることを不安がっていたエロディの提案で
帰りもバス(1元)に乗りました。
 
 
私たちの泊まっているホテルの近くには
「カルフール」や「マイカル」があります。
扱われている商品は、
カルフールよりマイカルの方が
ずーっと高級のように感じられました。

冒険の一日が、無事終わりました。
(^_^)v