2011年12月27日火曜日
2011年12月25日日曜日
片づけの魔法・近藤麻理恵
依頼者のたくさんある荷物を、きっぱりと処分し、すっきりした部屋にするために助言していた。
持ち物を処分するときにその物が「ときめくかどうか」で処分を決めるとのこと。
我が家のあふれている荷物をどうにかしないといけないと思っている最中だったので、処分の仕方が面白いし、この方法でやってみようと思った。
本を買うなどと言うことは最近あまりなかったことなのに、この本はなぜかすぐに買いに行ってしまった。
本を読むなどと言うこともめっきり少なくなっていたので、どのくらい時間がかかるのかと不安に思っていたら、数時間で読めた。読む能力はそれほど衰えないらしい。
彼女の言っている片付けるポイントは、
「物の数を少なくし、取って置く物の定位置を決める」と言うことらしい。
確かに、物が少なければ家の中はすっきりするし、きれいな時をイメージして物の置く場所を決めれば、ずーっときれいなままいられる、と言うのは、論理的だと思う。
後は、そのための片付ける時間をいつ捻出するかと言うことで、すっきりした我が家になるのはいつのことかと、楽しみにしよう。
(^_^)/
2011年12月17日土曜日
Xmas & 忘年会 2011
我が家の留学生の他に、2年前にいた留学生の親戚の子が、同じ学校に留学してきていたので、我が家に遊びに来てもらった。
6時開始の予定が、定刻に集まったのは我が家の2人を含め4人。
後の人は1時間、1時間半とそれぞれ都合のため遅れてきた。皆忙しそうだ。
我が家のメインはドライカレー。
我が家の留学生が学園祭で余った新品のカレー粉400gをもらってきてしまったものだから、それを減らすためにもカレーを8人分くらい作ったけれど、それでもカレー粉は5分の1も減っていないと思う。
缶の説明書を見たら、80gで50皿分のカレーができるとのこと。
と、いうことは全部で250皿分のカレーを作れることになる。
と、いうことは・・・、これから先何回カレーを食べなければいけないのだろうか。処分先を考えなければ・・・。
とはいえ、いつものポトラックパーティで、違ったお料理を食べられるのはうれしい。
ビンゴもして、犬棒かるたもして、楽しく過ごしました。
なぜ「犬棒かるた」かと言うと、去年の留学生に「百人一首」をプレゼントしたら、日本語が良くわかるにもかかわらず難しすぎると言われ不評だったので、今回はぐっとやさくし「犬棒かるた」になった次第。
留学生達は日本語がそれほどまだ上手ではないので、かるたを取るのも難しいのかと思っていたらなんの何の、日本人顔負けの速さで、楽しそうに取っていた。
(@_@)
楽しい一日になった。
ところで今年からXmasツリーを飾らないことにした。
自分がクリスチャンでないことに気が付いたから・・・、
と言うわけではないけれど、ツリーを出しても喜ぶ人たち(子供たち)がいないので、出したり片付けたりするのが面倒になってきたから。
カレーだけでなく、私の加齢もあると思う。
で、ツリーは家に置いておいて、いつかゴミに出すのだったらもったいないからと、地元の福祉委員会に声をかけたところ、子供たちのパーティの飾り付けに使うからと引き取ってくれることになった。
ツリーの第2の人生が始まった。
(^_^)/
2011年12月14日水曜日
「全然」 と "X'mas or Xmas"
言葉は時と共に変わるというけれど、「正しい」としてその言葉を教わり誠実にそれを守ってきた者にとっては混乱の種そのもの。
これから「どうしたらいいのか・・・?」
悩むところではある。
それと共にクリスマス、
英語を習い始めた時から、アルファベットでは"X'mas"と書き続けてきたけれど、この書き方は主に日本でされているとのこと。
英語で書く場合は"Xmas" とか"X-mas"と書くようだ。
(@_@)
2011年11月28日月曜日
2011年11月5日土曜日
2011年10月9日日曜日
市民体育祭 2011


2011年10月1日土曜日
小学校の運動会
子供たちも大きくなり、孫がいるわけでもなく、小学校の運動会を見るというのは、十数年振りになるだろう。
地元の小学校はマンションが増えているので児童数も増え、700人近くいるとのこと。
競技で驚いたことは「個人走」ということでかけっこをするときに、男女混合だったこと。
最初は4年生だったけれど、男子が早いかというとそうでもないようで、それなりに女子も早い。体力的には同じようなのだろう。
しばらくしてから6年生の個人走もあり、見ているとこちらでもそれなりに勝者が入り乱れている。
昔は男女が別々に走るのは当然だと思っていたけれど、体力的に変わりがないなら、なぜ別々に走っていたのかと、改めて疑問に思った。
それとは別に、
応援合戦というのがあって、応援団がエールを交換する時間があった。
エールを交換するのはとても良いと思ったけれど、応援をリードする人達が背中にたすきを大きくしたようなリボンみたいなのを付けていて、昔から大学生たちが学生服を着て応援している姿に似ていたので、これにも少し驚いた。
あと数年したら、チヤリーダーになっているかもしれないと、少し期待しよう。
ともかく、久しぶりの小学生のにぎやかな運動会を見学してきた。
2011年9月19日月曜日
グリーンカーテン 2011



2011年9月10日土曜日
2011年9月2日金曜日
植物 2011
去年は数えるほどしかならなかったトマトが、驚くほどたくさん取れた。ただ、皮が固かったのが少し残念だったけれど。
(@_@)
2011年8月19日金曜日
ラジオ体操
今日で2回目。
6時30分から始まる体操に遅れてはいけないので、朝も気になっておちおち寝てはいられない。
犬の朝の散歩もあるので、いつもより1時間以上早く起きなければならない。
小学校の校庭にある台の上に立ってラジオ体操をしたけれど、一辺が1m50cmもないくらいの台の上で、飛んだり跳ねたりするのは、久しぶり。
後ろにのけぞる動作をするときは、めまいのような落ちそうな様な感じがして、少し怖い。
2011年6月28日火曜日
カナダ 6 2011
皆、話、話、話で、母国語でない言葉での会話には食傷気味。
Erikは合気道の合宿で、コロナというところに飛行機で行くとのことで、彼を空港に送ってから私の学生時代の同級生のパティの家に行く。
犬が3匹出てきた。パティの2番目の娘が家を買い替えて今修理中なので、家族から家具からペット類まで、皆預かっているとのこと。2匹の犬と猫とウサギと・・・。パティの孫のサマンサとスペンサーは大きくなっていた。彼らのお母さんは新しい家のペンキ塗りをしているとのことで、夜中まで帰ってこなかった。
感心するのは、彼らが自分の家の増築やペンキ塗りを自分達でしてしまうこと。
いつものようにドリアノのお得意のスペアリブを夕食にいただく。おいしかった。
娘は最終のフェリーに乗ってビクトリアに帰って行った。
明日は朝の飛行機で日本に帰る。
今回は成田経由で伊丹に帰る。
日本に帰る途中で見えた、雲の上にそびえる「富士山」。
2011年6月25日土曜日
カナダ 5 2011
結婚式は夕方なので、それまでの時間Whistlerに観光に行くことにした。
Whistlerは一応観光地なので、まあまあの人出。
Tシャツを買いたいと思ってみていたけれど、観光地だけあり高い。
結婚式はFarm Weddingとのことで、牧場の一部に作られた屋根つきのというか、屋根だけある会場。牧場は野球場何個分もあるような広い広いところだった。
Family pictureを撮るというので会場の牧場に3時に行く。
誰もいない。少し待ったけれど誰も来ない。不安になり電話をしようにも山の中すぎて携帯が使えない。牧場のオーナーの家から電話してもらい、やっと通じたと思ったら、新郎新婦たちは今から会場に向かうとのこと。!!!???
驚いていたら、オーナー夫人が”It’s Pemberton time!”とのこと。
5時頃新郎新婦、親族、友人たちが三々五々集まりだした。
新郎新婦はカメラマンの注文で牧場で写真を撮っているし、お客はそれぞれ自己紹介して,話している。私は昨日からの自己紹介と挨拶ばかりで、英語を話すのiに少し疲れていた。
結婚式を執り行う女性が現れた。丸い穴が沢山開いている服を着ていたのを見て、Erikが、”She takes care of the ceremony and her job is holy, so she wore holey dress!”「あの人は神聖な役職なので、穴の開いた服を着ているのです!」と「神聖」のholyと「穴の開いた」のholeyを掛け合わせて、ダジャレを言うので大笑い。
Ceremony も終わり、receptionになると思ったけれど、新郎新婦はずーっと写真を撮らせている。お腹もすいたし、いつ何が始まるのかと思っていると、やっとおつまみが出て、飲み物も出てきた。簡単にスピーチをする人があって、結局、夕食を食べられたのは8時過ぎ。特に司会進行もなく、田舎の結婚式というのはこんなものなのだろうかと、カナダの大きな蚊に刺されながら思った。
夕食を食べるとしばらくして皆帰りだした。私たちも暗くなりだした道を帰る。山の中なので街灯などない。人っ子一人いない。静かだけれど、静かすぎる。
2011年6月24日金曜日
カナダ 4 2011
朝、若者たちより少し早めに目が覚めてしまったので、散歩に出る。4年前に来た時には、姪のボーイフレンドのChrisが室内の塗装を自分でしたりしてお店を作っている最中だったが、今回は従業員が4人もいて、お客もひっきりなしに出入りしている。順調に行っているようだ。
娘たちも後からきて、コーヒーを注文。
夕方はChrisのお母さんが関係者にディナーをご馳走してくれるというので会場に行く。40人から50人くらいいた。半分近くはChrisの出身地、アメリカのモンタナからきているようだ。 初対面の人は、お互い名前を言い挨拶する。最初の数人は覚えられたけれど、そのうち誰が誰だかわからなくなり、名前も覚えるのをやめた。Chrisの両親は離婚していて、お母さんは偶然にも前の夫と同じ名前の人と再婚している。ディナーの主催者はお母さんなので、義理のお父さんがこまごましたことを手伝ったり、ゴミを片づけたり甲斐甲斐しく働いていた。実のお父さんは参加者として楽しんでいた。

姪の父親はコロラドから東の方の州に住むいとこと一緒にやって来ていた。
ハンバーグのディナーは美味しかった。
食事が終わって、話も十分できたので、それぞれ帰宅。
ホテルに戻って再び鶴と花作り。
鶴は60羽できたと言ったら、余分に作っておいて、とのこと。
分かりました。
テレビを見ていて、天気予報を告げる女性のお腹があまりにも出ているので、少し驚く。頑張っているのですね。
2011年6月23日木曜日
カナダ 3 2011
朝7時過ぎに、娘婿のお母さんを迎えに行き、一緒にフェリーに乗る。彼女は、先に行っている夫に合流するために明日イギリスに出発するとのこと。
バンクーバーに娘婿の妹がいるので、皆でお昼を食べる。中東レバノンのお料理とのこと。
子羊のミートボールにマッシュポテト、豆入りのサラダとナン。これもさっぱりしていた。片側3車線の、真ん中を通っていて交差点に入ったら信号が赤になってしまった。交差点の中に止まるのは避けなければならないので、「どっちに行ったらいいの?」と聞いた後、瞬時に彼の判断で右側のレーンに行った。彼が聞いて判断するのと同時ぐらいに娘が「左側」と言った。既に車は右側に行きかけていて、左には行けない状態になっていたものだから、婿が「もう、遅すぎる!」と少し強い口調で言ったら、娘がそれから「左と言ったでしょ!なのにあなたは遅すぎるとすぐ怒る。☆▲※◆▽□※!?!※↑●▼☑!!!」と、ずっと怒っていた。以前よりずいぶん優しくなり、大人になったと思っていたけれど、彼女のすぐ怒る癖は治っていないのかも・・・。
4年ぶり。
夕飯は姪の家族、Chrisのお父さんと一緒にとる。
二部屋あるところに娘たちと一緒に泊まる。時間があったら3人とも、鶴とお花を作り続けた。
2011年6月22日水曜日
カナダ2 2011
彼の家でお昼をごちそうになる。彼の獲ったサーモンのサンドイッチと彼の庭でできた野菜たち。 彼の庭は、いつものようにたくさんの野菜が育っていた。
仕事を終えた娘が迎えに来てくれて、その後娘婿を含め、夕飯に「マヤ料理」を食べた。
マヤ料理を食べるのは初めて。
ホウレンソウにドレッシングをかけたもの、お肉を細かく裂いて味付けしたもの、豆を潰したもの、味付けライスそれにホットチリソース。
全体が柔らかくて、さっぱりしていた。
夜は寝るまで、時間があると鶴を折った。6cm四方の、それも厚めの紙のために少しおりにくい。目が疲れた。
2011年6月21日火曜日
姪の結婚式 カナダ
ITCのクラブの最終例会の日でもあるので、大きな荷物は空港に送り、朝早く小さな荷物を持ち、途中でその荷物も預け、会場の大阪市中央公会堂に向かう。
クラブ会長としての最後の例会なので、最後まできちんとしなければ・・・と、気が張る。
会長退任のあいさつは次のようでした。
“This year became an unforgettable year for the Japanese people.
I pray for a speedy revival and restoration after the great East Japan disaster .
This is my 2nd term of presidency for our club after more than 10 years.
At the beginning of the presidency, I was bewildered because so many things were new to me. It took me almost to the end of the term to know all the procedures, but I did my best.
Members, I appreciated your patience as I learned.
Meanwhile, in my private life, time flies so fast!
My daughter married last September in Canada; my son married this April; and my niece will marry this weekend. I will fly to Canada this evening and will come back next Tuesday it’s just the day before the Council meeting.
It said the time flies when people get old. I am old enough to know that feeling, and this year is one of the busiest years for me.
As a president of our club, today is the day I was expecting to come quickly.
I am happy to pass the leadership on the next president. I sincerely hope that our club continues on in good condition through the next term and beyond.
Members, thank you very much for your help and cooperation over this term."
無事例会も終えて、飛行機に乗ったのは夕方の5時過ぎ。
飛行機の中から大熊座がとても近く、良く見えた。
今回はサンフランシスコ経由だったが少し早く着き,約9時間30分で着いた。
そこからバンクーバーに行き、同じ21日の3時過ぎに着く。それからバスに乗りフェリーに乗り、娘のいるビクトリアについたのは夜の9時過ぎだったけれど、まだあたりは明るかった。
娘は仕事中とのことで、娘婿が迎えに来てくれた。
買った家は築99年。娘婿は誇らしげだった。
日本人なら少し考えてしまうけれど、娘婿曰く、昔の建築物は上等の木を使っているので物が良いとのこと。来年100年目になるけれど、○○記念物にはまだなれないそうな。娘は、姪のレセプションのために鶴を60羽とピンクの薄い花紙でダリアの花をたくさん作ることになっていて、娘婿は花を、私は鶴を折ることになった(折らされることになった)。
2011年6月5日日曜日
公演デビュー
地元のフラダンスグループは知っている人が多いので恥ずかしいからと、出演を辞退したので、少し離れた地区の"Sweet Sun"のメンバーに出てもらうことにした。
ちょうど都合をつけられた、リリーとスーシ゛ーとジャッキーの3人。
3曲踊ることにしてあり、1曲目はスムーズに行ったけれど、2曲目の音が待てど暮らせど出てこない。CDのディスクがRWで、会場の音響設備が古くて対応しないとのこと。急遽、曲目を変えて踊る。
3曲とも無事踊れ、たくさんの拍手を頂いて、うれしかった。
「健康フラダンス」は自分たちの健康のためでもあるけれど、地域のためにも何らかのお手伝いをしたいという目的があり、それが達成できたので、とてもうれしい。地域の方の食べられる食事を出していただいて、おなかもいっぱいになりました。
2011年6月3日金曜日
第29期 リージョン大会
今年は近畿地方は5/26から梅雨に入ったので、あいにく1日は雨。
参加者は649人とのこと。久しぶりの会長行進に参加。
英語のスピーチコンテストは、我がクラブのメンバーが優勝。インディアナポリスの世界大会に出場することになった。(^_^)/
教育セッションは「アイルランドの音色」と言うことで、アイリッシュハープとフルートの演奏を聞く。アイルランドの話もたくさんあり「シャムロック」と言うのは三つ葉のことで、日本の三つ葉のクローバーとは違い、少し小さめとのこと。
2日目は会社を4年以上も休んで自転車で世界一周旅行をした「坂本 達」さんの講演。













娘夫婦もカナダから駆けつけ、おばあちゃんも甥の車で参列でき、久しぶりに親族一同が揃い、二人の門出を祝福した。
二人は、花嫁の好きな島と言うことで、タヒチに新婚旅行に向かうことになっている。




