2011年5月21日土曜日

終了式 2011

今年の修了生は35人。
福井原発の事故のため、帰国した人も多かったらしい。 MCは朝、黒のTシャツとジーンズで出かけたけれど、終了式には肩のないドレスを着ていて、驚いた。いつもと違って、ドレッシーな感じだった。
チエは、そばにいた人が泣いてるからと、一緒に先頭を切って涙ぐんでいた。
今年の留学生は9月から5月までの9か月間だったけれど、
いつもと同じく、あっという間に時が過ぎてしまった。

チエは5月31日、MCは6月13日に日本を離れるとのこと。

2011年5月8日日曜日

2011  母の日

息子たちから母の日のカードが送られてきた。
お花も届きました。チエは韓国風の海苔巻を作ってくれました。
海苔巻の中には、卵焼き、たくわん、ホウレンソウ、カニ窯、人参等が入っていました。海苔巻のご飯はごま油と塩で味付けをするそうです。
MCはハムとチーズのサンドイッチでした。
MCは前日に、チキン・コーダン・ブルーという、鶏の胸肉でチーズとハムをまいたものを作ってくれました。
皆おいしかったです。
母の日のお花、その2. 皆さん、いろいろありがとう。
今年も素敵な母の日になりました。



























2011年5月2日月曜日

東 京 3 

帰りの新幹線の発車時刻まで時間があるので銀座に行く。


朝が早いので人通りも少ない。

お店に入れないので、建物見物。一番素敵なのはBVLGARIのお店だと思う。
京橋の工事現場には、京橋の変遷の写真が貼ってあって、興味深かった。

新幹線では、新幹線の顔の形がいろいろあることに気が付き、これも面白いと思った。















また、新幹線が到着して中を掃除する人が、最初の車両から最後の車両まで等間隔に並んで待っていた。

皆女の人で、ピンクの作業着を着ていたけれど、男の人もピンクの作業着を着るのかと、ちょっと不思議に思った。

2011年5月1日日曜日

東 京 2

5月1日の朝は早く目が覚めて、顔合わせまで時間がありすぎるので、ホテルの近くにある皇居を見に行くことにした。
朝早いので観光客もほとんどいない。二重橋は昔見たのだろうけれど、それさえも思い出せなくなっている。
皇居の警備員の人に「皇居の周りを歩いたら何時間ぐらいかかるですか」と聞いたら、「歩いたことがないのでわからない」とのこと。
(>_<)
そばにいたもう一人が、「一周は5キロです」というので、簡単に計算すれば約1時間15分。
歩いて回ることにした。

ジョギングする人が次から次に来る。走るには季節も距離もちょうどいい感じ。
途中で立ち話をしたりしながら皇居をグルッと回って、約1時間30分かかった。

工事中の東京駅を見ながら、ホテルに戻り、それから顔合わせの会場に向かう。
会場は「花蝶」と言うところで、料亭みたいなところだったけれど、靴を履いたまま入るし、出されたお料理は和洋折衷みたいだったし、とても優雅に出てくる。
息子の相手のご家族は、私の実家と同じような雰囲気で、話が合った。

そのあと、結婚式の会場の舞洲のシェラトンホテルまで行き、貸衣装を合わせる。
花嫁が、母親は着物を着てほしいと言ったので、着物にすることにしたのだけれど、本人はドレスとのこと。
(@_@)
ディズニーランドは3月の地震の時の地盤の液状化のため営業をやめていたけれど、つい先日再開したとかで、相変わらずたくさんの人が訪れていた。

夕飯は有楽町のイタリアレストランでとる。
そのあと丸井で買い物をしたけれど、大阪の店員に比べて店員がとても親切のように思えた。

2011年4月30日土曜日

東 京 1

9月に結婚する息子の、両家の顔合わせのため、4/30から5/2まで東京に行きました。最初の予定は3月末だったのだけれど、地震の後の原子力発電の事故の関係で1か月延長されていた。

実家に帰るときにはいつも東京を素通りすることが多かったので、じっくり見学するのは久しぶり。

泊まったところも東京駅の八重洲口の近くで、皇居も近いし銀座も近く、歩いて行けてとても便利だった。

1日目は息子に案内してもらい、銀座を通り抜け、築地、勝鬨橋、木場それから東京タワー。


築地ではセリの様子は見られなかったけれど、お寿司をおいしく頂きました。築地本願寺を初めて訪れました。

勝鬨橋は、昔行った時より橋が立派になっているような感じがしたけれど、昔のことをほとんど思い出せないので、何とも言えない。風が強く吹いていた。
木場では息子の会社をちょっと見て、木場公園から東京スカイツリーを見た。
まだ、一番上の鉄塔ができていなかった。

その後、東京タワー見学。小学校の時の修学旅行以来なので、何年ぶりかしら・・・。曇っていたけれど、それなりに東京を見渡すことができた。

節電のためにライトアップはしないと聞いていたけれど、暗くなるとハートのマークのライトがひっそりと点灯された。

2011年4月14日木曜日

東日本震災 救援物資の受付・吹田市

救援物資を市民から集め、東日本震災地に送るという取り組みが、吹田市で始まり、今日ボランティアとして、参加してきた。 4月11日(月曜日)~17日(日曜日)、午前10時~午後4時までの間に、北千里駅西側の元・北千里小学校の体育館で受け付けている。 受け付ける品物は、長期保管ができる、タオル 、紙おむつ、生理用品、ラップ 、トイレットペーパー の消耗品のみ5品目。 今日は、受け付けが始まってから4日目なので、さぞやたくさんの救援物資が集まっているのだろうと思い、「仕分けするのも大変だろう」と、勇んで出かけた。 会場にはブルーシートが敷いてあり、市の職員3人ほどとボランティアが10人ほど。 品物が箱に入ってあちこちに置いてあったけど、あまり大した量ではないので、「今朝から集まった分ですか?」と聞くと、月曜日から作日までの3日分、全てとのこと。 (@_@) 実際、私の担当の午前中でも、持ってきてくれた人は数えるほどしかいなかった。 物資を集めると決めてから、チラシを作って配布するまでの時間が短すぎて、市民に知れ渡っていないのと、集める会場が1か所で、遠くの人はわざわざ電車らなければならないのが、原因と思われる。 日曜日まで集めるとのことなので、たくさん集まるといいけれど・・・。

2011年4月6日水曜日

三木谷さん

昨日は、スピーチコンテストのジャッジとしてポートピアホテルに行った。

コンテストが終わり、チュウマさんと一緒に帰るときに、同じジャッジをしていた三木谷さんという方と一緒になった。
年のころは私よりちょっとというより少し上の小柄な女性。

チュウマさんが「こちらはあの〇〇クラブに講演に来られた三木谷さんの・・・」と確かめるような、私に紹介するような感じで言いながら、「奥さまですね・・・」と続けて言われた。

あの講演に来られた三木谷さんというのは楽天の社長なので、彼の年齢がいくつかわからないながらも、私よりちょっとというより少し若いと思っていたから、その二人がご夫婦となると姉さん女房で、それも相当歳が上と思われた。

私の頭の中では、楽天の社長になるためにはずいぶん苦労があったのだろうが、その苦労を彼女は全面的に支えてあげたのだろうと、瞬時に判断した。

ところがその女性は、チュウマさんの「奥さまですね・・・?」と言う質問に「いえいえ」と答えた。
「あの楽天の三木谷さんはご主人さまではないのですか?」
「息子です・・・」
(@_@) (-_-;) (×_×) m(_ _)m

彼女と別れてからチュウマさんが「お若く見えましたよね・・・」と言われたので、「いえ、それなりに見えましたけど」とは答えておきましたが、私たち二人が一瞬なりとも、その年の差に驚きながら三木谷さん親子をご夫婦と思って頭の中イメージしてしまっていたのが、何ともいえず面白かった。
(^_^)