2015年4月2日木曜日

お花見



今年は例年になく、何故か桜の咲くことに興味を持った。



何時もは、「暖かくなったら咲くのだから・・・」
程度の関心度だったけれど、
今年は、蕾が膨らみ始め、それが大きくなってピンク色になり、
2輪、3輪と咲いたあと徐々にと言うか
あっという間に満開になるまでの毎日、
「今日の午後はどの程度開くのだろう」
「明日はどの程度咲くのだろう」と、
1日に何度も桜に思いを馳せた。

阪急電鉄の線路に沿った桜並木
大阪の桜は3月26日に開花宣言が出されたけれど、
北千里は大阪市内より少し寒いので、
近くの桜が咲き出したのは28日だった。
桜は開花してから約1週間から10日で満開になると
気象庁の人が言っていたけれど、
4月2日にはほぼ満開となり、
今年は1週間もかからなかった。

満開となった2日の午後からは雲が徐々に増えてきた。
天気予報ではこの後3、4日は雨が続くらしい。
桜には青空が似合うのに、ざんねん。

「もう、動いていい?」 
北公園
雨が降る前に、ジョイと一緒近所の桜の見どころを回ってきた。


我が家の前の団地の桜

2015年3月27日金曜日

献血推進員研修 2015

献血推進員の研修で、
日本赤十字社の近畿ブロック血液センターの見学に行ってきた。



建物は、茨木市の彩都の一番奥のほうの高台にあり、新しい立派な建物だった。
内部の1階は、壁面にいろいろな説明が書かれていてわかり易かった。
3階は血液の検査をするところで、2階は血液を成分ごとに分けたりするところとのこと。

ボランティアの人が職員立会いの下、いろいろ説明してくれた。
ボランティアの人は10人ほどいるけれど、あまり見学がないのか、最近は久々の出番なので間違って説明していないか、職員がチェックしていたらしい。彼女は自分の子供が白血病で助けてもらったお礼に、60歳を過ぎてからボランティアを始めたとのこと。頑張っていると思う。
ついでに「一緒にしません?」と誘われてしまったが、「私たちもボランティアで献血委員をしていて、今回研修でここに見学に来ているので、そこまで手は回りませんので」とお断りしておいた。

今回の研修で、輸血は無料ではないということがわかり、少し驚いた。
献血や献血時のお手伝いは皆ボランティアなので、輸血を必要とする人にも無料で届けられていると思ったら、そうではなかった。輸血を必要とする病院が健康保険で定められた費用を払い、それは患者にも及ぶとのこと。

私がしている「献血推進委員」は、福祉委員会で推薦されてなったものだったけれど、どういう立場なのかと思って調べたら、市の福祉保健部の中に事務局が置かれていて、各小学校地区から1人選出され、日赤が献血するときのお手伝いをするようになっているようだ。

いい年になっても、知らないことがまだまだ多いのを感じる。

天気も良く、桜の花も後1、2日で開花すると思われる暖かい日だった。



2015年2月10日火曜日

福祉委員会研修 2015

今年度の福祉委員会の研修は
大東市にある「川村義肢株式会社」で、
義肢・装具・福祉用具の作成現場を見学してきました。

病気や事故などで身体の一部を喪失した
人及び動物のために本物そっくりの代替品や
福祉用具を作ったり販売したりしている会社です。
あまりのリアルさに初めは少しビビっていましたが、
慣れるに従い、使用する人たちにとっては助かるのだろうと思うと、
立派な仕事をしていると、感心しました。


続いて東大阪にある「司馬遼太郎記念館」の
見学に行きました。

後ろの建物がご自宅で、菜の花が沢山置かれていました。

入口を入ったところの建物が司馬遼太郎の家で、
記念館は家の西側に建っていました。

撮ってしまった本棚の写真
記念館の中に入って写真を撮ると
「撮影禁止ですって!」という声が聞こえてきました。
どこに禁止のサインがあるのかと思ってよくよく探すと、
小さな字で書かれたハカ゛キより一回り小さな紙が、
ひっそりおいてありました。

あわてて撮影するのを止めましたが、
ちょっとした図書館みたいなところで本が並んでいるだけなので、
どうして撮影してはいけないのかと受付の人にお聞きしたら、
建物を設計した建築家:安藤忠雄との契約の為とのことでした。
(-_-;)
沢山の本の他に司馬遼太郎の遺品の展示と、
短いビデオ上映がありました。

記念館への入り口(手前)
2月の12日、
つまり明後日が司馬遼太郎の命日なので、
彼の好きだった菜の花にちなみ
「菜の花忌」のイベントがあり、毎年行われるそうです。

お庭には菜の花が沢山咲いていました。


今回、司馬遼太郎の記念館を訪れる以上に興味があったのは、
その西隣の敷地でした。




上の地図の③と⑤と駐車場の一部であろうと思われる所に
以前は建物が建っていました。

長男が小学校6年生の時に、
家族で一時そこに住んでいたのですが、
その時以降は一度も訪れることもなく、
どうなっているのか興味は持っていました。

建物は取り壊され司馬遼太郎記念館の一部になっていると
風の便りに聞いていたので、
自分の目で確かめたいと思っていたのです。

昔の面影は全然なくなって、
どこに建物があったのかも思い出せませんが、
多分ここであろうと思われるところには
沢山の木や花が植えられているのを見ることができました。

その昔建っていた建物の前庭で。
右端の木が司馬さんの家の木。
群馬からの両親たちが訪ねてきました。

2015年1月24日土曜日

留学生からのご招待

我が家の留学生が
中華料理のバイキングに招待してくれました。

中国では、最初のお給料で両親にご馳走するので、
最初のバイトのお給料で、
日本の「お母さん」にご馳走してくれたのです。



梅田にある、中華のバイキング。
11時の開店に間に合ったのでゆっくり座れました。



種類も多いので、各料理を少しずつ食べても
お腹いっぱいになります。




少し食べすぎたかもしれません。


これまで10数年間学生をホームステイとして世話してきましたが、
バイトのお給料でご馳走してもらうのは初めての事なので、
とてもうれしかったです。
ご馳走様でした。

持つべきものは、親孝行の子供ですね。
(*^。^*)

2015年1月20日火曜日

若狭路

我が家の留学生が日本海を見たことが無いと言うこともあり、
雪も見られるであろう若狭路に行ってきました。

福井県敦賀市にある気比神宮(けひじんぐう)の大鳥居は、
奈良の春日大社と広島の厳島神社の大鳥居と共に
「日本三大鳥居」と言われているそうです。
と言うことは、
私にとってはこれで三大鳥居を制覇したことになりました。

大鳥居
立派な鳥居です。
朱色の塗料が少し剥げていましたが、
ガイドさんによると、修理する人がいなくなったからだそうです。
(-_-;)


社務所
中鳥居の前にある立派な建物は社務所で、
その前には降った雪が集められ、
高く積もっていました。

中鳥居と外拝殿


外拝殿と菊の御紋
全体的にこじんまりした感じの神宮でした。
昔は領地が越中・越後の一部にまで及んでいた
と言われていたそうです。

Wanchuと日本海の若狭湾
Wanchuは日本海を見るのは初めてです。
大事な大事なカメラで海の写真をいっぱい撮っていました。

若狭湾

カニ御膳
少しダイエット気味のカニさんでした。

ノドグロ

ノドグロは「白身のトロ」と言われているということでしたが、
購入した物は美味しかったけれど、
単なる白身の魚でした。
脂がのっている時期ではなかったのかしら・・・?


2015年1月2日金曜日

新年 ボーリング

元旦には特にお正月らしいことをしないまま出かけてしまったので、
今日の朝にお正月らしい食事を頂きました。

数の子、タラコの煮付、セロリの漬物、茹で鶏、伊達巻
ローストハム、安納芋の栗きんとん。
アボカドとサーモンのわさび醤油、わさび漬け、
カーマンベール、イワシの味醂干
 お雑煮は、
ワンチューもアンドリューも初めてとのことでしたが、
おいしそうに食べていました。

食後、いつものようにボーリンク゛に行きました。
今回はアンドリューと息子の友達も参加しました。
年に一度のボーリングなので
皆、なかなか思うように点が取れません。


私は112、111とまあまあでしたが、
何故か最後に163も出ました。
\(◎o◎)/!
一日遅れの筋肉痛が心配です。

2015年1月1日木曜日

姫路城

昨年の初詣はNHKの大河ドラマ「八重のさくら」の関係先を見学に行ったので、
今年もお正月には大河ドラマ続きで
「軍師 官兵衛」の育った姫路に行きたいと思っていました。

姫路城は日本の中でも一番好きなお城なので、
平成の大修理が終わってからでも行こうかと思っていたのですが、
官兵衛関係のイベントもあるとのことなので、
我が家の留学生達と行くことにしました。

いつもお正月は一泊で東京から帰って来る息子たちは、
2時頃でないと姫路に着かないと言うので、
私たちは姫路に行く途中の明石にちょっと下車することにしました。

雪が降るかもしれないと言う天気予報だったのに、
出掛けるときには快晴で、
明石駅で降りて明石城に着いた時、

 
明石城の白い※坤櫓(ひつじさる・やぐら)が青空をバックに、
緑の額縁のような木々に囲まれて目に入ってきた時には、
「美しい!」と思いました。
明石城は天守閣がないので、少し残念でしたが、
姫路城を見る前に見てよかったと思いました。
姫路城を見てしまったら、
これほどの感動はなかったかもしれませんから。

※天守閣が造られなかった明石城では最大の規模をもつ櫓。
天守台のすぐ南にあり、天守閣に変わる役割を果たしたとみられる。
坤(ひつじさる)とは、易の八卦の一。
柔順に物を成長させる徳を表し,南西(ひつじさる)の方角に配する。

続いて、[魚の棚」というショッピングセンターに行きました。
ここは関西では海産物が売られていると言うことでとても有名な場所です。
どんなに沢山の人出があるのかと思っていきましたら、
ほとんどのお店が閉まっていて、人の影はありませんでした。(>_<)
元旦はお休みらしく、
かろうじて「明石焼き(たこ焼きの柔らかいような物で、スープに浸して食べる)」の
お店が数軒開いているだけでした。


明石焼きは私も久しぶりですが、
留学生は初めて食べるので興味津々です。
「柔らかいお豆腐みたい・・・」とはワン・チューの感想でした。
本当においしかったです。


約束の時間に近くなったので姫路に行きました。
姫路城の南側で、「ひめじの 黒田官兵衛 大河ドラマ館」と言う催しがあり、
入場切符を持っていたのですが、
お正月とのことで無料で入れました。
とはいえ、それほど大きな会場ではなかったので、
いつでも入場料を取らなくてもいいのじゃないかと思えるくらいでした。


姫路に着いたころから、
雪雲が北の空からどんどん南下していて、
息子たちを会場の外で待っている間には雪も混じりだしました。


我が家の中国からのワンチューと、オーストラリアからのアンドリューは
二人とも雪を見たことが無いと言う人たちで、
降りだした小さな雪に大喜びでしたが、
時間が経つにつれ吹雪の寒さには応えたようでした。


姫路城もお正月なので入場無料でした。
3月27日からは天守閣の中にも入れるようになるとのことでした。


修理中なので見るところも少なく、
また吹雪いているので外でゆっくりすることもできませんでした。


早々に引き揚げ喫茶店でお茶を飲むことにしたのですが、
ここでもお店がほとんどしまっているので、
お店を探すのに一苦労でした。

姫路の方に来ることもほとんどないので、
せっかく来たのだからと明石に唯一ある親戚の家に寄ることにしていました。
そこの子供たちは2日以降に順番に来るとのことで、
夫婦二人だけだからと大歓迎してもらいました。


夜中に北千里の駅に着いた時、
外には約5cm程の雪が積もっていて、留学生達は大喜びでした。
そんなに雪が積もるのは久しぶりでした。