2013年8月18日日曜日

2013 中国旅行 「秋艶の結婚式」 撫順


今日は、待ちに待った、秋艶の結婚式です。
 
ウェディングドレスを着た花嫁がベッドの上で座っています。
皆それぞれ、彼女と一緒に写真を撮りました。
 
そのうち花婿の一団がやって来ました。
花婿が花嫁の部屋に入るのを阻止しようと
花嫁の付き人たちがクイズを出したり、
歌を歌え、などと意地悪をします。
 
それでも入れてくれないので花婿は実力行使で部屋に入ろうとしますが、
本来は、入れないようにしているのでしょうが、
花嫁の付き人たちの力が弱く、
簡単に突破してしまいました。
それはいけないと、
花婿はもう一度やり直しです。
 
難題をクリアーして花嫁と会えた花婿は
どんぶりに入った麺を食べなくてはいけないようでした。
熱々の麺が入れられていたようなので、
関係者がスープにお水を加えていましたが、
相当熱かったのか、ついにスープを捨ててお水を入れてました。
多分味はなかったと思いますが、
新郎は完食しました。
 
と、これで儀式は終わったようで、
皆で結婚式会場に移動です。
 
外では新郎新婦の関係者の車が
道路の半分を占拠していて渋滞が起こっていましたが、
特に文句を言う人はいなかったようです。
 
人口が多いのもあるとは思いますが、
途中で、車に飾りを付けた花嫁花婿の車を3組ぐらい見かけました。
 
式場の前では爆竹が派手な音を立てていました。
向かいの建物も爆竹が鳴っていたので
同じように結婚式が行われているようです。
 

新郎新婦が山や海でドレスアップして撮った写真が
スライドショーのように流れる画面をバックに、
司会が二人のことを持ち上げているのでしょう。
(何せ、中国語は皆目わからないので)
感極まった新婦の眼から涙が湧き出てきたのを
新郎が指で拭ってあげているのが印象的でした。

指輪交換、腕をからめてお酒を飲み干す、
ワイングラスの積み上げた様な物の一番上からワインを注ぐ、等々、
西洋式の結婚式と同じようでした。

新郎新婦のご両親


チャイナドレス姿の新婦
 
留学仲間の学生たちと
招待客は300人くらいとのことでした。
通路を挟んだ隣の部屋までいっぱいなので、
司会がマイクで思い切りがなり立てていた理由がわかりました。
参加者も舞台の近くの人は司会の話を聞いていましたが、
遠くの方からはおしゃべりしている声が伝わってきました。
関係者以外の人達は平服と思えるような服装でした。
 
新婦と新郎が各テーブルのお客様に挨拶をしに行きます。
ご祝儀はそこで渡されます。
新婦が「飴とタバコ」どちらがいいか尋ね、
飴が良い人には口に入れてあげ、
タバコが良い人には火をつけてあげます。
タバコに火がつけにくいように
椅子の上に立って上を向いている若者もいるので、
それに対応して新婦も椅子の上に載って火をつけていました。
ヽ(^o^)丿

お二人とも、末永く、お幸せに!

 
お食事は
丸いテーブルの上に所狭しと置かれていき、
置く場所がないとなると、
先に置かれていたお皿の上に重ねておきます。
とうとう3段重ねになってしまいました。
(@_@)
 

 
北京ダックも出てきましたが、
皆さんあまり手を付けません。
一生北京ダックはいらない、と思えるくらい私が食べましたが、
他の御馳走もあるので食べきれませんでした。
 
宴が終わった後、
残ったお料理を何人かの人は持ち帰りましたが、
ほとんどの物はゴミ箱に捨てられていました。
北京ダック、然り、です。
(- -;)
 
派手で、にぎやかな結婚式も終わり、 
大連組はまたバスに乗って大連まで戻りました。
 

2013年8月17日土曜日

2013 中国旅行 撫順

新婦の生まれたところは大連で、
新郎の生まれたところは撫順です。
これから二人が住むのは大連ですが、
結婚式を新郎の生まれたところで行うとのことで、
大連からの参加者はマイクロバスに乗って移動しました。
高速道路は4車線もあり、
それほど車も多くないので渋滞することはありませんでした。
 
サービスエリアのお店でお買いもの
途中、サービスエリアでトイレ休憩です。
トイレも日本の高速道路のトイレと同じようでした。
お店もありましたが、品物は少ない感じで、
買っている人はほとんどいませんでした。
 
撫順に着くと、結婚式前日の宴と言うか昼食会で、
新郎の友達や親戚の人達が集まっていました。
若者とそうでない人とに分かれ、
私は「若者」のグループに入れて(?)もらいました。
(-_-;)

新郎の友人たちと
テーブルの上に、食べきれないほどの御馳走が並びました。
皆、お皿から自分の食べる分を取って口に入れます。
取り皿に取り分けないで食べるのは初めてでした。
(@_@)
 
新婦の部屋で記念撮影
新婦が泊まるホテルを見学しました。
 
明日の結婚式のために、
私たちは新婦たちとは違うホテルに一泊します。
 
私たちのホテルのシャワールームはガラス張りでした。
ベッドから見通せます。
カーテンがあったけれど、横の部分だけなので微妙です。
 
シャワー室にはトイレと洗面台も一緒にあるので、
シャワーの水があちこちに跳びます。
トイレットペーパーを少なく置いているのは、
濡れないためなのかもしれないと、思いました。
(-_-;)
 
明日は結婚式が終わったらその足で大連に帰るというので、
撫順の街を探索することにしました。

夕方降った雷雨のためか、
タクシーに乗ったら渋滞でなかなか前に進みません。
タクシーの運転手さんが、
この道は渋滞しているから違う道まで歩いて行って
タクシーを乗り換えたらいいと教えてくれて、
料金は取らないで降してくれました。
親切な運転手さん、ありがとう!

竜崎とエロテ゛ィと共に撫順銀行の前で。

2013年8月16日金曜日

2013 中国旅行 「大連」

2009年から2010年にかけ、我が家にホームスティしていた中国の留学生「秋艶」が結婚することになり、結婚式に参加するために中国に行くことになりました。
荷物の準備をしていたら、何を思ったかジョイが、勝手にスーツケースの中に納まっていました。
 
中国の「大連」に行くために、北京で乗り換えました。
北京空港の大きさには本当に驚きました。 (@_@)
空港から見た北京の空はスモッグなのかmp2.5なのか、曇っているような空で、その間から太陽が黄色く、明るい月のように見えていました。


秋艶が未来の夫と空港に出迎えてくれました。
彼女たちは結婚式の準備のため、明朝式をする「撫順」に出発するとのことでした。


翌日、フランスから結婚式に参加するために訪れるエロディを待つ間、街中を散歩しました。
約30年ぶりに訪れた中国は、目覚ましい発展を遂げていました。
人々の服装はカラフルになり、中には日本の流行の先端を行ってる女の子と同じような子までいました。
町の中には高い、高い建物があちこちに建設中でした。
食料品も豊富になり、値段もそこそこ高くなっていましたが、それでもまだ日本に比べたら安いと思います。
交差点の中央で交通整理をしていたおまわりさんは、立派な信号機がある現在にもかかわらず、相変わらず真ん中で交通整理をしていました。 
自転車だらけだった道は、今は車だらけになり、渋滞も発生しています。
信号を無視して横断する人も多く、車の間をすり抜けるように横切る技術は、本当に感心します。車も車で、ぶつかりそうになっても、直前で回避するシステムらしく、「我は行く」と決めた人が行けるような感じでした。
町には整形手術の広告が、「使用前」「使用後」としても載っていました。

トイレは水栓になり、ドアが付いています。
ただ、使ったトイレットペーパは便器に流さず、備え付けの屑箱に入れなければなりません。トイレのドアに「使用中はドアを閉めたほうが良いです」という注意書きの書いてあるところもありました、ということは・・・。 (-_-;)


大連の海寄りにある「星海広場」はとても広く、周りには夜になるとネオンでキラキラ縁どられた高級レストランや、お城のような建物がたくさん立っていました。
星海広場の周りと、コーラを飲むRico
 
星海広場に立つオブジェ。
頂上にはライオンみたいな獅子みたいなのが座っています。
 
秋艶の同僚のRicoが、秋艶に代わって大連の街を案内してくれました。
久しぶりに会ったエロディは少し大人びた感じでしたが、昔のままでした。
 

Ricoとその彼女で「星海広場」近くのレストランに案内してくれました。
中は昔の中国を思わせるような内装で、ウェイトレスたちは頭の上に大きな飾り(?)みたいな、帽子みたいなものを載せ、チャイナドレスで応対していました。

Ricoが「豚の血のソーセージ」を注文したので、一口味見をさせてもらいましたが、「・・・」。  なんか・・・柔らかい、歯ごたえのない、薄味の食べ物でした。一口で十分でしたし、お豆腐の方がよほど歯ごたえがあると思いました。
(^_^)/

2013年8月14日水曜日

夏季 留学生

夏季日本語研修に来日する留学生を預かりだしてから数年経つ。
今年も預かる予定でいたけれど、
日にちがはっきりしていなかったので、
先にハワイに行く予定を入れてしまった。

その後留学生の来日が旅行とかぶってしまうということがわかり、
最初の数日は他のお宅に預かってもらい、
ハワイ旅行から帰宅した2日後から我が家で預かることになった。

今回の学生は本来は卒業しているはずなのだけれど、
帰国してから大学を卒業するので、
日本では学生として活動できる、
というか、するとのこと。
就職先も決まっていて、塾の英語の先生になるとのこと。

エミリーとベッキー
慌ただしく過ごしていたのもあり、
彼女の滞在はあっという間だったと思える。
今日、京都などを旅行するために我が家を出て行った。
気を付けて旅をし、国に帰ったら頑張ってください。
(^_^)/


私が旅行中、
ジョイはペット・ホテルへ預けていたので迎えに行くと、
最初のオシッコが、出るわ、出るわ・・・。
きっと自由にオシッコもできる状態ではないところにいたのだと、
少しかわいそうな気もした。
(-_-;)

そのようなわけで、
旅行から帰ってからは雑用も含めすることが多く、
時間の経つのがとても速く感じる。
 



2013年8月1日木曜日

Eテレ 「団塊スタイル」 その後

NHK Eテレの「団塊スタイル」の中で
「私の団塊スタイル」として
7月12日に本放送、7月19日に再放送として
紹介していただきました。
 
本放送・再放送共に、
ブログの作者はハワイ旅行中だったので、
録画を見るのは日本帰国後となりました。
 
関西空港に着いた時から、
旅行中は眠っていた我が携帯電話に、
「放送を見ました。素敵でしたよ!」と
うれしいメールが数件ありました。
 
テレビの画面より
 
また「健康フラダンス」の練習日には、
早速メンバーからの報告もありました。
「可愛らしい」
「若く見える」
「スカートが明るくて素敵」
「お化粧が映えていた」等々、
それぞれお知らせしていた友達や知人から
褒めてもらったようです。
また、
お知らせしていない人からも
「テレビに出ていましたね」などと、
うれしい便りもあったそうです。

みんながうれしそうで良かったです。
 
Eテレの担当者の方、
ありがとうございました。
 
m(_ _)m
 

2013年7月21日日曜日

2013 ハワイ旅行 5

とうとう、ハワイ旅行の最後の日となった。
 
ホストファミリーの「Dennis」と彼の家で記念撮影。
 
彼はベジタリアンでスピリチュアな活動に参加し、
家の中は彼の描いた絵で飾られていた。
ゴッホに近いような色合いの絵のような感じがする。
 
家の中は、きれいに整頓されていた。
相棒の「ビダル」は旅行中とのことで不在だった。
 
いろいろお世話になりました。
(^_^)

飛行機をホノルルで乗り換えて、大阪に帰る。
着くのは翌日22日の夕方の予定。 
コナ空港の搭乗手続き場所
食べきれなかった新品のポテトチップスを飛行機に持ち込んでいたら、
上空でパンパンに膨らんでしまった。
(@_@)
 
 
今回の旅行中は、グアバ・ジュースもたくさん飲んだ。

初めてハワイに行く船の中でも、
毎回毎回グアバ・ジュースを注文し、
ウェイターのおじさんに「グアバ・ツリー ダイ」
(あまりたくさんグアバジュースを飲むので、
グアバの木が枯れてしまった)
と言われたのを思い出した。

今回も、お水代わりにグアバ・ジュースを飲んでいたので、
私はグアバ・ジュースでできているのではないか・・・、
と思えるほどだった。

駆け足の旅行だったけれど、
したいことができて、楽しい旅行となった。

また、機会があったら訪れてみたい、
です。
ヽ(^o^)丿

2013年7月20日土曜日

2013 ハワイ旅行 4

ビッグ・アイランドと呼ばれているだけあり、
ハワイ島はハワイにある8島のうちで、
最も大きな島。
その面積は他の7島の面積の合計よりもまだ広く、
四国の約半分の大きさとのこと。
 
今日はこの島の北半分と、
島の東に位置する「ヒロ」を訪れる。
 
南半分を占める大きな高い山が「マウナ・ロア」なら、
北半分を占めると言ってもいいのが「マウナ・ケア」
ケアとは白いという意味だそうだ。
マウナ・ケアをバックに
このマウナ・ケアの北部に「ワイピオ渓谷」があり、
ワイピオとはハワイ語で「曲がりくねった水」で
渓谷の中を流れる川のこと。
ワイピオ渓谷
切り立った高い崖に囲まれたこの地は聖地とされていて、
昔は王家のある首都だったそうです。
 
ハワイ島東部にある「ヒロ」は雨が多く、
ハワイ州で2番目に大きい町で、日系人がおおいそうだ。
カメハメハ大王の銅像もあった。
カメハメハ大王像
「ロコモコ」と言う有名なハワイ料理は、
このヒロが発祥の地とのこと。
一度食べてみたいと思っていた。

ご飯の上にハンバーグを載せグレービーソースをかけ、
更に目玉焼きを載せたもの。
ハンバーグが柔らかかったら、おいしかったと思う。


ポケ丼を頂きました。
また、「ポケ」と言って、鮪に味付けをした物を
載せたどんぶりがおいしいというので食べてみた。
味はさっぱりしていた。
 
続いて「レインボー・フォール」
高さが15m程とのことだけれど、
水量は結構あった。
 
 
ヒロからコナに帰る道はマウナ・ケアの中腹を走る「サドル・ロード」
今は舗装されているが以前はガタガタ道だったそうで、
レンタカーは走ってはいけなかったとか。
 
人口が少ない島のせいでもあり、
相変わらず前後に走る車の数の少ないのが心細い。

今回使った日産の車

途中マウナ・ケアの山頂に向かう横道があり、
そこをしばらく行くとオニズカ・ビジターセンターがある
というので寄ることにした。
横道の入り口の表示も分かりにくく、
前後に走る車もないので戸惑いながら上がって行ったら、
登るにつれ山の間から湧き出てきた霧が増えていき、
それと共にこちらの不安も増えていった。

静かな山の中の知らない場所で、
周りに人っ子一人いないその中で、
その雲の中に入っていく勇気はなく、
あわててUターンして戻ってきた。
的確な判断だったと、今思う。
 
その後の帰り道は
一部分ジェットコースターみたいなアップダウンがあり、
面白かった。
 
また、ホームスティ先に帰る途中に、
ラジオが火事の情報を流していたので聞きながら走っていると、
横の溶岩台地の上に
空から続いていた雲の一部と思っていた白い霧状の物に、
ヘリコプターが何か運んでいた。
 
火事。ヘリコプターも出動
ヘリコプターは消火活動をしていたのだ。
家の他、地上の草や木も燃えていたらしい。
運転しながら見て、写真を撮っていたので、
はっきりは確かめられなかった。

今日は早めに出て、見るところも少なめだったので
明るいうちに帰りつけた。
それでも走行距離はやはり400kmほどだった。
(@_@)