結婚式を挙げる場所は、
避暑地として使われるような山の奥なので、
家族の人たちも道がよく分からず
迷いながらやっとたどり着きました。
ビラと呼ぶ、貸別荘のような家を
クリストスの関係者が使うように一軒丸ごと借りてありました。
私には通訳の為に、
クリストスのいとこがついてくれていました。
| ニキ、お父さん、お母さんの兄弟、ニキの義理のお父さん、クリストスの先生、マリアンナ、私、ニキの夫 |
結婚式の前夜は
お互いの親族が夕食を共にするとのことで、
細長いテーブルを囲んで座り、
御馳走が次から次に運ばれてきました。
食事も終わりに近づいたころ
嬉しさのあまりなのか、お父さんが感極まって涙を流し、
クリストスになだめられていました。
お母さんはいつものように静かに孫の世話をしたりしていたけれど、
母親が泣くことが多い日本との違いに、
内心驚きました。
| 自撮り棒での撮影 |
結婚式は、
昔ながらのギリシャ式の結婚式とのことでした。
昔ながらのギリシャ式の結婚式とのことでした。
式の直前、
新郎側の関係者は新郎がいる場所に集まりました。
私が到着すると新郎は半パンに普段着のシャツ姿。
(-_-)?
すると、
彼が私の手を引いて入った部屋にはカメラマンが控えていて、
彼が私の手を引いて入った部屋にはカメラマンが控えていて、
普段着の彼と私とで写真を撮るのです。
(-_-)??
関係者が順番に写真を撮り終わると
新郎が小さなホールに出てきて
おもむろに着ている服を脱ぎだしました。
(@_@)!???
パンツまで手をかけたけれど、
さすがそれは脱ぎませんでしたが・・・
(@_@)!????!
それからは、
新郎がまわりを取り巻いていた関係者の男性の中から
一人を選びシャツを着させて貰いました。
次の人にはズボンをはかせてもらい、
また次の人にはネクタイ・・・、靴下・・・と
次々につけて貰うのです。
次々につけて貰うのです。
(@_@)
新郎が結婚式の正装に出来上がった時点で、
ご両親を含めた近親者が輪になって踊りを踊りました。
ひとしきり踊り終わると、
皆でぞろぞろと式場になる教会に歩いていくことになりました。
式を挙げるのは、白い小さな可愛い教会。
参加者が200以上いると思われるのに、
式に参列できたのは50人ほどでした。
式に参列できたのは50人ほどでした。
小さいので、全員が入れなかったのです。
| ペルトォウリの教会 |
教会の内部は聖者の絵がたくさん描かれています。
ドレスアップした人々が厳かにたたずんでいる中で
粛々と進む式次第は、
美しく、
まるで映画の一部のようにも感じられました。
まるで映画の一部のようにも感じられました。
| 教会の中で、式の真っ最中 |
私はこの日の為に着物を日本から持参しました。
とはいえ、
自分で着物を着ることは何十年していなかったので、
日本を出発する1カ月ほど前からyoutubeで
着付けの練習をしたのですが、
どうも不十分だったようです。
それでも、
本物の着物を見たこともない、
また言葉も通じない
ギリシャの人たちの手助けで、
Youtubeを見ながら、
汗をかきながら、
どうにかこうにか帯もつけることができました。
(^_^)v
草履を履く練習もしていたのですが、
足袋を履いての練習はしていなかったので、
足袋を履いた分足指が圧迫されることは
予定にはありませんでした。
その足指が圧迫された状態で
式が行われている1時間弱立ち続けていたため、
式が終わった時にはあまりの痛さに歩けなくなってしまいました。
(しばらく休んだら少しあるけるようにはなりましたが。)
| クリストスのお母さんと |
着物を着た人を見るのは初めてという人が多く、
私を見て「ゲイシャ」だと言うのです。
(@_@)
「芸者はエンターティンメントの仕事をする人で、
私は単に着物を着ているだけの人です」と
何人かに説明しなければなりませんでした。
(-_-;)
式の後はパーティ会場に移動しました。
新郎新婦を待っている間に、食事が次から次に運ばれてきます。
皆が食べ終わる頃
音楽隊が音楽を奏で始めたら、
音楽隊が音楽を奏で始めたら、
新郎新婦、ご両親等が手を繋ぎ、
踊りながら入ってきました。
踊りながら入ってきました。
それからは、
踊りたい人も加わって踊りの輪が大きくなりましたが、
新郎新婦はずーっと休みなく踊り続けるのです。
日本の新郎新婦みたいに
おとなしく座り続けているのとは
おとなしく座り続けているのとは
ずいぶん違うものだと思いました。
体力的に大変だとは思いますが、
皆と一緒に踊るのは楽しい思い出になります。
皆と一緒に踊るのは楽しい思い出になります。
クリストスの友達で同じくドイツで働いているアレックスが横にすわりました。
彼は家族と車で来ていて、
明日はメテオラ見物に行くというので、
同行させてもらうことにしました。
(^_^)v
踊りは延々と続き、
いつ終わるのかと通訳してくれているいとこの人に聞きましたら、
皆が疲れたら終わる、とのことでした。
足の痛みも少し薄れたので、踊りの輪に少し加わってから、
部屋に戻りました。23時を過ぎていました。
幸い、着物が着崩れることは免れました。
(^_^)v

