2013年3月11日月曜日

「妻籠の宿」 木曽路 

東北の大震災から2年目になる今日、
ニッセンという通販の会社の招待で
木曽路の「妻籠の宿」までの、
日帰りバス旅行に参加する。
 
13日に行こうと思っていたけれど、雨になるらしいとのことで急きょ変更願いを出しておいたら土曜日に連絡があり、11日に決まったのだけれど、バスの出発時間が650分とのことで、家を5時半に出なければならない。大体電車の始発がそんなに早くあるかどうかわからなかったので調べたら、電車は4時ごろから動いているらしい。
朝5時半の外は、まだ暗い。こんな暗い時間に出かけることは何十年振りかしら・・・?と言う感じ。昔スキーに行った時以来かも・・・。
 
バスは38人中、男性は6人くらい、後はほとんどが私を含め高齢に近いような女性ばかり。中国人の3人組がいたけれど、行くときから帰るときまでずーっと話し続けていた。 
 
群馬の実家に車で帰るときには、同じような高速だけをひたすら走り、風景を楽しむことも少なかったけれど、今回はバスに乗っているだけなので伊吹山も十分認識できた。
 
雪をかぶった伊吹山
 
最初は毛皮工場の見学。90分滞在とのこと。
バスの中で、なぜか福井の名物「焼き鯖寿司」を販売するので、注文する
次に関ヶ原のレストランで昼食。昼食付のバス旅行。
次に木曾の伝統工芸と言う木工細工の工場見学。お店でジャガイモの煮っ転がしと漬物でお茶を頂く。煮っ転がしが砂糖醤油で甘辛く煮てあり、おいしかった。
 
最後に今日の目的地「妻籠の宿」滞在時間は70分。
 
寺下の町並み
妻籠宿は
「江戸と京都を結ぶ中山道(なかせんどう)は、山深い木曽路を通ることから木曾街道と呼ばれていた。中山道69次のうち、江戸から数えて42番目となる妻籠宿(つまごしゅく)は、中山道と伊那街道が交差する交通の要衝として古くから賑わいを見せていた。明治になり鉄道や道路が新たに造られ、宿場としての機能を失った妻籠宿は衰退の一途をたどった。やがて江戸時代の宿場の姿を色濃く残している町並みが見直され、町並みを守るために家や土地を「売らない・貸さない・壊さない」とする住民憲章を作り、貴重な財産を守っている」とのこと。
 

500メートルくらいの細い道の両側に宿屋などの昔の建物がびっしりと並んでいる。古い物を古いまま保存しているとのこと。
ガイドの、1時間もあれば十分に見学できる、という言葉通りだった。

十数年前に車で実家から木曽路を通り大阪に戻ったことがある。その時に寄ったのが馬籠か妻籠か、分からなくなっていたので、今日わかると期待していた。ここは初めて見るところだったので、前に行ったのは馬籠と言うことが分かった。
妻籠宿本陣と言う家は、「破戒」で有名な島崎藤村の母の生家とのことで、明治に至るまで島崎氏が本陣・庄屋を兼ね務めたとのこと。
妻籠宿本陣の前で
見学を終わり、4時間かけて8時過ぎに帰阪する。
暗くなっていたのもあり、バスがどこに着いたのかわからなくて、指示通り歩いて行くと大阪駅が見えてきた。
夜の大阪駅など見たことが無かったので、大阪駅と認識するのに時間がかかったし、昼間とは違い電球や光に彩られた大阪駅の美しさに感心した。
 

0 件のコメント: