2014年7月19日土曜日

母の入院

13日の日曜日に、実家の母の様態が思わしくないと連絡があったので、いろいろ予定もあったので17日に帰郷することにしていた。

ところが14日の朝、「緊急入院して、医師からはご家族の方をお呼び下さいと言われた」と連絡が来た。
あわてて帰郷し、入院先の病院に着き母のベッドに行くと、先に着いていた息子が「意識があるような無いような感じだったけれど、ママが来たら意識がはっきりしてきたみたい」とのこと。
目を開けて、こちらの問いかけには頭を振って「そう、違う」と意思表示をする。
気を使っていろいろ話しかけていたら、動かせる手を振って「もう、帰っていい」とのこと。
私の問いかけがうるさかったので、静かにしたかったのかと病院を後にした。

次の日病院に行くと、意識もはっきりして、筆談もできるようになっていた。
でも、前日のことは何も覚えていないとのこと。
時間と共にみるみる回復し、3日目には食事もでき、立つ練習までできるようになった。
高齢で毎日暑いこともあり、熱中症や脱水症の類の結果らしかった。
それにしても、意識がなくなったのが病院に診察に行っていた時だったので、迅速な対応をしてもらえたのが功を奏したと思える。

ただ、母は昨年末位から呼吸が苦しい、胸が苦しいと言うようになり、病院で数か月の間何回も検査をしてもらっていたけれど、理由は分らないと言われていたとのこと。
それが6月に緊急で病院に運ばれたときに丁度見てもらった外科の医師から、心臓のそばの血管が詰まっていると言われ、急遽血管4本の拡張手術をして、ペースメーカーも入れることにした。
そのせいで、それまで見てもらっていた医師がどうして血管が詰まっているのを見つけられなかったのかと、とても不思議に思っている。
聞いている私でさえ、レントゲンを撮ったりあちこち調べたり、何度もしていてわからないと言うのは、まだ日本の医療技術がその程度なのかと、少し残念に思う。

「病院は24時間介護とのことで、家の者は何も手を出さなくても良いて言われた」と姉が言っていた。
ところが、お見舞いに行っていて母が食事を済ませた後部屋のソファーに私が座っていたら、食器を取りに来た看護師さんが「お箸とスプーン、良いですか?」と手に持って言う。
お箸と、スプーンの何が良いのか?どう良いのか意味が分からないでいた。
続けて、
「お家の方ですか?」と聞くので「まあ、お家の方みたいなものです・・・」と言いながら私の立場を説明し始めたら、お箸とスプーンを洗面所で洗いだした。たった2,3秒。
つまり、お箸とスプーンを私に洗ってくださいと言うことだったのだと気が付いたけれど、24時間介護とは何なのだろう、部屋の奥にいる人にわざわざ渡してお箸とスプーンを洗ってもらうと言うのはどういう意味があるのだろう、「???」のひと時だった。

また、完全介護と言う意味が今ひとつわかっていないので、不思議に思うことがある。
患者の使うおしめ用のパッドとか、拭き取り用のナプキンとか、お箸やスプーンなども含め個人使用の物はそれぞれが自分で買って用意するのだと言う。
完全介護と言うのは、全ての必要品を病院が用意すると言うことだと思っていたけれど、どうもそうではなさそうだと言うことも分かった。

それにしても、久しぶりに訪れた病院は、酸素マスクにしろ点滴の器具にしろ、とても機械化されていて、随分進化していると驚くことも多かった。

願わくは、
元通りとはいかないまでも、
日常生活が自分で不自由なくできるように
母が回復しますように。





2014年6月11日水曜日

株主総会 



ひょんなことから、ある大手の会社の株主になった。

持ち株の数はともかく、
株主なので「株主総会」の案内が届いた。


株主総会予定日の20日前くらいに届いたので、
その日は既に予定が入っていて出席できない。

議決権行使書の横を見たら、
「議決権をインターネットで行使される場合は・・・云々」と書いてある。
面白そうなので、インターネットで議決を行使してみることにした。
ウェブサイトのアドレスを記入すると投票するページが現れ、
行使書に記入してある「コード」と「パスワード」を入れたら
すぐに投票できた。
あっけにとられるくらい、簡単だった。

どうしてもう少し早く総会の日を知らせてくれないのか
と言う不満は残るけれど、
インターネットで株主総会の議案に関して投票出来たのは
面白いと思う。
他の大手の会社でも、
インターネットで投票できるようになってきているのだろうか。

議案書を送り返す通信費も減って、良いことではないかと思う。

2014年6月9日月曜日

献血推進協議会総会


急に辞めた前任者の後をついで
献血推進委員になって
吹田市の献血推進協議会の総会に初めて出席した。










定刻2分前に到着し、会議室に入るとほとんどの人が着席していて、
市長まで座ってスタンバイしていた。
市長がいるせいで職員がピリピリしているのが感じられた。

座席に座ろうとすると委員の名前の書いてある札が、私のだけない。
(@_@)
市長が「早く、準備してあげてください!」
私   「名札はなくても大丈夫です」
職員 「すぐ、作り直してきます」
名札の紙は、毎回捨ててしまっているのだろうか・・・?(もったいない)

総会が始まり、市長は挨拶をしたら退室してしまった。
総会の内容、及び質疑応答は全て市の職員が説明する。

平成25年度、大阪府での献血者は約39万人いたとのこと。
吹田市では143会場で約5370人。平均1会場38人と言うことになる。
受付数は6876人なので、献血できなかった人は1506人。

献血とは日赤の事業なので
市としては職員や会議場などの提供だけかと思っていたら、
吹田市から51万5千円が助成されていた。
(@_@)
支出として啓発推進費に約40万円を使っている。
何に使っているのかと質問したら、
献血者及び受付した人に配るお礼の「ボールペン」とのこと。
日赤の名前の入ったボールペンなのだと言う。
それにしても1本68円のボールペンは高いような気がする。

女性の委員の一人が「ボールペンじゃない物を配布してもいいのではないかと思う」と言うと、
市の職員は「何か良いものがあったらお知らせください」とのこと。

そういうことを話す場が総会ではないのだろうか?
市の職員に言えば、ハイわかりました、と配布物を簡単に変更できるのか・・・。
総会と言うのは市の職員の報告を聞く場所なのか?

私の知っている一般的な総会とはずいぶん違うので、
新米委員としては戸惑っています。
(ーー;)






2014年5月27日火曜日

NTTさん。関係者の教育をしっかりしてください!

NTT西日本からフレッツ・光の「隼」の使用を勧められ、無料で新しいルーターに交換・取り付けてもらうことにした。

建築後30有余年経っている我が家の電話線を光ファイバーに交換するので、なかなか光ファイバーの線が通らず、工事には約2時間程がかかった。

工事のお兄さんは「お宅にある今迄のWifi用のルーターは古くて54メガの速度しか出ない。新しいルーターに専用のLanカードを取り付ければ毎月100円の使用料だけれど、300メガ出るからぐんと良くなる。また、新しいルーターから出る電波はコンクリートも通しやすいので、家の中で離れた場所でも電波の受信状態が良くなる」と言うので、そのカードも使うことにした。

工事の人が帰ってから約2時間四苦八苦しながらルーターとパソコンの設定を終わった。2時間かかったとはいえ、設定用のCDがあったので今迄に比べたらとても楽になったと思う。以前は丸1日かかったり、それより前はもっとかかっていたから。

夕方我が家にホームスティしているギリシャ人が帰って来たのでルーターの話をしたら「なんか変だ」と言う。
彼が家の中の電波の受信状態をipadであちこち調べてくれて、「光ファイバーに換えたとはいえ、現状は光ファイバーを通してパソコンなどにデーターを受け取る速度は20メガほどなので、300メガのルーターは過分な機器で、wifi用のルーターでさえ54メガあるのだから今まであったルーターで十分です」
つまり、Lanカードを使う必要はない、100+税金分を毎月払うのは無駄とのこと。その上、ルーターの電波はコンクリートを通過できるのは本の数%で、ルーターによってその通過率が違うことはないとのこと。

この説明を聞かなければ、私はルーターによって電波の障害物通過率が違い、前から使っていたwifi用のルーターは古くなったからとごみとして捨て、新たに毎月108円ほどの支出が増えていたと言うことになる。
(ーー;)


NTTは、きちんとした情報を顧客に伝えるように関係者に教育するべきではないかと思う。

2014年4月29日火曜日

公演 2014 藤白

地域の福祉委員会主催の「高齢者のための昼食会』に
余興として「健康フラダンス」をご披露することになりました。
1年半ぶりです。

グループのフラの後に
「真珠貝の歌」を踊り、
ホームスティしているクリストスには
彼の国のギリシャについて話をしてもらいました。

真珠貝の歌
ギリシャ共和国は、
バルカン半島最南端とエーゲ海を中心にある3000ほどの島によって成り立っている。

地中海性気候で、温暖で湿潤な冬季と、
乾燥し高温の夏季にはっきり分かれる。
地中海文明のルーツの一つで、オリンピック、デモクラシーの発祥の地。
首都はアテネ。人口はおよそ1300万人。
ギリシャ哲学者としては、アリストテレス。
海運業、移民からの送金と観光業が三大収入源。
農産物としてオリーブ、綿、葉タバコは世界でも有数の生産量を誇る。

最後に出演者で記念撮影。
194cmのクリストスがひときわ目立っているのが印象的。


参加者と同じ昼食を頂きました。
ちらし寿司もおいしかったです。


2014年4月20日日曜日

正教会のイースター

 日本でも流行しそうな「イースター」。

キリストが十字架にかけられ亡くなってから3日目に復活したことをお祝いする日。
我が家に滞在しているギリシャ人のクリストスが、
日本にはなかなかないと思っていた「正教会(The Orthodox Church)」の教会が
吹田にもあることを知りイースターのお祈りに参加するとのことで、
同行することにした。

そもそもキリスト教と言うのは、エルサレムから始まり、
西ヨーロッパからアメリカに広がったキリスト教と、
中近東からギリシャ、ロシアへと広がった「東方正教会」に分かれる。
その「正教会」は日本には江戸時代の末期に伝えられ、
現在では全国に大小70か所近くの教会を含めた集会があるそうだ。

我が家のクリストスは、ギリシャの正教会に行きたかったけれど、
ギリシャの教会はない代わりにロシアの教会があったので
行くことにしたというわけ。
大阪ハリストス正教会

教会の外見は周りの建物と少し違い目だっていた。

教会内部の聖人達の絵は歴史を感じさせた。
大阪ハリストス正教会の内部

イースターである「復活大祭」は夜11:30から明け方3:00ぐらいまでとのこと。
セレモニーが始まるとともに、男女10人くらいの人達が歌い始め、
休むことなく歌い続けられ、
歌が終わってセレモニーが終わると言うような感じだった。

その間に牧師さんがお香の入った入れ物を揺らしながら
部屋中に香りを漂わせたり、
皆のコーラスに歌で返したりしていた。

クリストス曰く、
ギリシャでは合計1時間半で終わるくらいの長さとのこと。
3時間半にも及ぶセレモニーには彼も驚いていたようだ。

終わったらすぐに家に帰って来てしまったので、
イースター・エッグと言うものがどういうものなのかわからず、
私としてはそれが心残りだった。


セレモニーが始まる前に時間があったので、
夕食にお寿司を食べた。
クリストスは以前アムステルダムで食べたお刺身の味がとてもひどかったので
生ものは食べないことにしているらしく、
熱を加えてあるものを食べたいと言い、
私が代わりに注文した。
時々は生に近い物も入れてあげたので
知ってか知らずか、
それらをおいしそうに食べていた。

彼は大学に科学部門の研究員として来ているので、
今迄の我が家に来た留学生達とは少し違い、
日本語もしゃべれないし、しゃべる気もなさそうだ。
その上日本の特定の文化に思い入れもないので、
あまり日本のことを知らない。
食べ物もそれほど研究してきた様子もなさそうなので、
お寿司を注文する時に納豆巻きも頼んであげたら、
それもおいしそうに食べていた。
(^_^)v
@お寿司屋さん
今まで来た子たちの多くは、
納豆はにおいがひどい、おいしくない
と言う先入観を持って来日するので、
食べる前から嫌いと言う子が多かった。

彼の場合は知らずに食べて、
自分の感覚で「おいしい!」と言ったので、
納豆愛好者としては「やったー!」と
心の中で叫んでいた。

彼も生ものを食べられるかもしれないという自信が少しついたようで、
あと何回かトライすれば、食べられるようになると思える。
是非、食べられるようになって帰ってもらいたいとも思う。

☆ Easter : A Christian celebration of the Resurrection of Christ.

2014年4月15日火曜日

公文公 記念館

ITC梅田クラブの5月例会として
「公文公(くもん とおる)記念館」に行って来た。

例会としての会議をしてから、館内を見学すると言う予定だったのに、
会議をしてもらうのは困ると言われ、見学だけになってしまった。
事前の電話でのやり取りでは、
一室を使って会議をしても良いと言うことになっていたらしいのに、
会場に行ったら「会議はしないでください」と言われてしまったとのことで、
こちら側の担当者はあたふたしていた。
(・_・;)

建物は公文家の住居だったところを記念館としたそうで、
彼の生い立ちの記録や
現在「くもん」として使われている学習教材の展示・説明があった。

初めは、一人の学習塾のような創設者のことを知ることが
面白いのだろうかと思っていたけれど、
自分の子供の勉強を見るうちに、
どうしたらその子の能力が伸ばせるのかと、
親と教師の両方の立場から見て考え、
それを体系づけ発展させ、
一つの事業にしたことは
とても素晴らしいと思えた。

公文公氏の銅像と
長男が小学校の低学年の時に
「くもん」と同じような算数の計算式を
私も作って息子にさせていた。
息子の成績は良い方だったのは、
多分そのせいもあったのだろうと思っている。

ただ、下の子供たちにも時間を取られるようになったことと、
その計算式等を私の能力不足で
中学・高校の問題まで発展させられなかったことは
とても残念に思っていたので、
公文公のその俯瞰的な目線・考え方に敬服した。

現在は世界中にフランチャイズ式の教室があり、
子供だけに限らず、
高齢者用の簡単な頭の体操になるような問題集も出しているそうだ。