2022年6月24日金曜日

オオシラホシハゴロモ

 公園で朝のラジオ体操を済ませて、家に帰る途中の歩道の上に、小さな白い花のようなものが落ちていました。1cm弱のその花が動き出したので、蟻でも引っ張っているのかとかがんで見ると、蟻はいません。花のようなそのもの自体が動いていたのです。

よく見ようと顔を近づけたその時、その花は、地面から近くの街路樹の幹に40cm程ジャンプしました。そして、花びらが開いている方が後ろで、モゾモゾと動き出したのです。虫でした。

擬態と言うのでしょうか。開いた花びらと反対側に、小さな小さなセミの頭のようなものがついています。動画を撮りましたが、慌てていたのでちゃんと撮れていないのと、スマフォのカメラが良くないのか、はっきり撮れていません。


家に帰って調べると、「オオシラホシハゴロモ」という昆虫だそうで、まだ見たことがある人は少ないようでした。万博の近くの我が家の側で見かけるということは、相当分布図が広がって来たものと思われます。





2022年6月10日金曜日

岩倉山・行者山

 朝9:30にJRの生瀬駅から出発して、岩倉山・行者山を登ってきました。

JR生瀬(なまぜ)駅
岩倉山の頂上にある祠
行者山より六甲山頂を望む
甲山
行者山東観峰にあるメモリアル・ポスト
行者山東観峰山頂にある「積まれた石」
岩倉山の鉄塔と反射板
宝塚市

生瀬駅を出発して
民家の間を抜けた裏山が岩倉山のようで、道がすぐに階段状や傾斜の大きい山道になっていた。
山と言うものは、麓から徐々に高くなっていくという思いがあったので、最初から急な登りには驚いた。
岩倉山も行者山も、木々が生い茂った山で特に目立った場所はなく、案内の書類には「鉄塔」の写真も載せられていた。
行者山東観峰から南に下がり、「行者山ハイキングコース西逆瀬台口」に着いたのは13:30頃。意外と早い到着だった。

解散後バスに乗って逆瀬川の駅に向かうと言う予定だったけれど、それほど疲れた感じはしなかったので、有志で歩いて逆瀬川まで行くことにした。地図で見ると2.5km。約30分。
歩き出してしばらくして、ふと後ろを見ると、
一緒に登った軍団が後ろから歩いてきていた。皆、バスに乗らないで歩くことにしたらしい。
後で聞いたら、
バスに乗った人は35人位のうち3人だけだったらしい。
少し曇り空で、
それ程カンカン照りではなく、山の上は涼しい風も吹き、
登山(ハイキング?)日和だった。

🏔️



2018年3月8日木曜日

「帰国子女等に係る派遣通訳者」

2017年4月から約1年間、
月に3回位の割合で、1日2時間小学校に出向き、
帰国した子や外国からの子供で日本語が十分に使えない子供たちに
「帰国子女等に係る派遣通訳者」としてお手伝いをした。

両親がパキスタン生まれで、
オーストラリア育ちの小学校2年生の男の子「ハッサン」を担当。
彼の家族は誰も日本語を使わないので、
「あいうえお」から習わなければならないので彼も大変だったと思う。
やっと日本語に慣れたころ、
お母さんの母国のパキスタンに数か月行くことになって、
日本語も再び使わなくなってしまった。
先日久しぶりに会ったら、
日本語は話せないけれど、聞き取ることは何となくできていた。
後数年は日本にいる予定らしいので、
年末ぐらいにはしゃべり始めるようにはなると期待している。


彼のクラスの皆も、素直で可愛い。
久しぶりに小さな子供たちと接したので、なんか心が洗われるような、
清々しくも温かい気持ちになった。

通訳者として、臨時の勤務だったにもかかわらず、
先生方からは親切にしていただいて、
お別れの挨拶の後にはプレゼントも頂いた。
予想していなかったので、感激!
校長先生から頂いた紙の石鹸のバラ
担任の先生は、クラスの子供たちに教えながら、
日本語のわからない生徒に片言の英語でも説明し、頑張られていた。
先生も、段々と英語が上手になっていたように思う。

担任の先生からのプレゼント
ハッサンのお母さんからは、
アーモンドやピスタチオ、キーフォルダーを頂き、


ハッサンと弟からはお手紙を頂いた。
ハッサンの弟からの手紙

ハッサンからのお礼の手紙
沢山の人たちにプレゼントを頂いてしまった。
通訳者として、少しは役に立っていたのかもしれないと思うと、
とてもうれしい。

皆さん、ありがとう!

2018年1月31日水曜日

「振り込め詐欺?」未遂事件

1月30日午後
「みずほ証券」の者と名乗る若そうなお兄ちゃんから電話がありました。
「〇◇〇子さんですね」「そうです」
ザーザー雑音がするので、「聞こえにくいのですが・・・」
「それでは、別の電話からかけなおします」
(自分の携帯から電話していたのかしら・・・?と、不思議に思う)
かけなおしてきた電話では、
「カルビーの債権割り当て候補者名簿に名前があるのですが、その債券を買いますか?」
「いりません」
「みずほ証券として割り当て分を買っても良いですか?」
「どうぞ」
それで、終わったのだと思っていました。

ところが次の日、外出から家に帰ってきたら、また電話がありました。
「昨日お電話したみずほ証券の高橋です。覚えていますか?」
「ええ、おぼえていますよ」
「カルビーの債権を〇◇〇子さん名義で2000万円分買ったので、証書の書き換えをしないといけないことになりました。」
「え!えぇ~!」と驚いている私に、
「司法書士とお宅に伺うか、又はどこかでお会いしたい」とのこと。
何故こうなったのか、これからどうなるのかと思いながらも、
「え~、・・・。お宅はどこの支店の人ですか?電話番号は?」と聞くと、
「東京本店の第二営業部です。電話番号は*********です。また、電話します」
「はい・・・」
あまりにも突然で、いま流行りの詐欺かもしれないと思い、取り合えず確かめようと「みずほ証券」に電話し、「東京本店」の電話番号を訪ねたら、番号は違うし、本店ではなく本社だし、第二営業部ではなく営業部第二だということがわかり、詐欺でしょうね、ということになり「株や債券の犯罪防止センター」を紹介された。

センターに電話しましたら、
「詐欺かもしれません」とのこと。
「じゃ、どうしたらよいですか?」
「無視することです」
「無視するといっても、再度電話がかかってきてしまった場合、どう言ったらよいですか?やんわり断る方法はありますか?」
「・・・・・。警察に知らせていると言うことですね」
と、いうので、警察にも知らせていないで「知らせている」というのも唐突で嘘になってしまうから、警察に電話をすることにした。

警察に電話をすると、「派出所の警官をお宅に向かわせるので、良く確認してから対応してください」と言われたので、我が家に来た警官の身分証明書を見せてもらおうとしたら、手に取らせては貰えなかった。証明書は字も写真も小さくて、薄暗い玄関先ではちゃんと確認はできず、本当の警察官かどうかはハッキリ確認はできなかったけれど、来る予定の警官だったので家に入ってもらいました。

警官と話しているうち、続いて「知能犯」?関係の刑事も来ることになりました。
「みずほ証券の本社」と告げられた電話番号は、多分詐欺グループの電話番号ではないかと思うけれど、変な関係ができてしまいしつこくされてしまうと嫌なので、私からは電話したくないけれど、どんなところか確かめたいと伝えると、新しく来たその刑事がその番号に電話してくれました。
3人が息を静めて反応を待っているとスピーカーからは「只今、この番号は使われておりません」とのこと。
これで、詐欺であるということがはっきりした。

刑事は「また電話すると言ってたようですが、おとり捜査に協力できますか?」と聞くので、
「今は事情があり、おとり捜査に協力はできない」旨伝えましたが、小さい頃は探偵になりたかった時もあったので、事情が許せばおとり捜査に協力し、犯人一味を逮捕することに協力したいと思い気持ちもあり、少し残念でした。

警官と刑事は、「近所でも騙されている人は多いようです」「特に高齢者は気を付けてください」
と、帰って行きました。

と、いうことで、物騒な世の中です。お気を付けください。

ただ、「高齢者」の一員として扱われたことに、まだ若いと思っていた私の心が諦めと共に少し乱れました。
(-_-;)

2017年7月28日金曜日

国立民俗博物館の図書館

我が家に滞在しているフィリピンの学生アンドレが、卒論のために日本の子守歌や労働歌を調べていて、民博の図書館にあるとのことで我が家から通うことになった。
私は民博のボランティアとして時々民博を訪れていて、図書館があるということは何度か聞いていたけれど、特に必要もなかったので、行ったことはなかった。
図書館を訪れたアンドレの感想は、「とても広くてたくさん本がある」

せっかくなので、一度くらい見てもいいかもしれないと思い、アンドレが図書館に行くときに一緒に行ってみることにした。

家からは歩いていくので約30分かかる。35℃近くの炎天下を歩いていくのは暑い。フィリピンは暑いので日本の暑さは大丈夫と言っていたから、汗はかかないのかと思ったら、アンドレも汗をかいて、シャツがビショビショ。彼はフィリピン人でも汗かきの方だとのこと。

万博公園はひまわりの花が咲き始めていた。これから盛りになるらしい。


アンドレの見たい本は4階なので一緒に行ってみた。
大きな本棚が通路の両側に定期的に並んでいて、人が近付くとその本棚の近くの電気がつくだけなので、奥にある遠くの本棚の方は暗い。本棚の横を見てみたら、その横の奥にもまた本棚の列が見えた。どんなに本があるのだろう。

私はハワイに関する本を見てみたいと思ったのでアンドレにさよならをして5階に行った。広いエアコンの利いた本棚の林立した部屋は薄暗くて静かで、人っ子一人いない。5階が最上階らしく上を見ると柔らかそうな雲のような感じの天井で、断熱材が入ったシートのようなものの所々にそれを抑える留め具がついているようだった。部屋の中に入ると、私が近寄ったそばの電気は点くけれど、全体として薄暗く気味が悪い。あまりにも静かなのも落ち着かない。特に調べ物があったわけでもないので、すぐ帰ることにした。
4階のアンドレにお別れを言って、受付を通って外に出ると、ムッとする程の暑さが襲ってきた。

大阪のこんな一等地に、沢山の本たちがエアコンの涼しい風を感じながら、誰にも見られることもなく存在していることに、ふと疑問を感じた。
我が家でも熱中症にならないようにとエアコンは時々つけるけれど、電気代を考えてギリギリのところで利用している。なのに、汗もかかない本たちは一年中エアコンの利いたところで来るとも知れない人を待っている。
民博自体が親方日の丸で、観覧者よりも職員の数の方が多いように思える。
図書館を利用する人を増やしたり、民博に訪れる人を増やしたりする努力はするべきではないかと思う。努力はしているのだろうけれど増えないなら、やり方を考えるべきではないかと思う。
誰もいなかった図書館が怖かったせいではないけれど、いろいろ無駄遣いしているようにも思えた。


2017年3月12日日曜日

「須磨」
神戸市西部の地名。
大阪湾に臨む白砂青松の海岸で、
古来明石と並び称された景勝地。
須磨の浦。

その、須磨の浦にある水族館
「須磨海浜水族園」
http://sumasui.jp/
 に行ってきました。
 
道路から見える三角のピラミッド状の建物がある水族館は

今年で60周年だそうです。
フェスティバルのキャラクター:ピンクのイルカ

毎年この時期にこの水族館で開催される「ボランティア・フェスティバル」に、私の所属しているボランティアのグループ「みんぱくミュージアム・パートナーズ(MMP)」が、民俗博物館にある展示物の中から選んだ展示品を「塗り絵」にアレンジしたものでフェスティバルに参加することになり、そのスタッフとして参加したのです。

須磨海浜水族園をYahooの「路線」で検索すると、神戸三ノ宮駅で阪急から阪神電鉄の姫路行きに乗り換えるとのことでした。阪急三ノ宮の駅を出て阪神電鉄に乗り換えてしばらく行った駅で電車が止まった時、その反対側の線路には阪急の電車が止まっていました。今、阪急電鉄から阪神電鉄に乗り換えて来たばかりなのに、何故阪急電車が通っているのか頭の中が混乱しました。隣の人に尋ねたのですが、その人は直ぐ次の駅で降りなければならず、問題の解決にはなりませんでした、が、無事、水族館に近い「月見山」駅では降りることができました。

須磨海浜水族園の「ボランティア・フェスティバル」には8つ程のグループが参加していて、それぞれ面白い企画を立てていました。
「塗り絵」の担当としては、開館からすぐに休憩のグループとなってしまっていたので、その1時間ほどの間に水族館の中を見て回りました。大阪科学技術館のグループの「テクノ君のお魚ハットを作ろう」は面白そうでしたが、大人は参加できないようでしたので、とても残念でした。兵庫県立大学の学生たちもエコに関する紙芝居で頑張っていました。

あなご:ギューギュー詰めで管に入っています。
水族館の水槽はそれほど大きくありませんでしたが(海遊館と比べて)、魚やペンギン、イルカショーなどの展示やイベント場があちこちに分散されていて、会場全体は広いので、いろいろ楽しめそうでした。

イルカがプレゼントの箱を運んでいます。

休憩後は
3時間の立ち仕事でした。塗り絵をするのは小学生以下の子供たちで、その子たちにビーズの糊付けをするお手伝いをしたりしました。塗り絵は細かい描写のものでしたので、3歳くらいの小さな子供達にとっては色鉛筆でそれらを塗るのは少し大変そうでしたが、それでも皆上手に塗っていました。
お母さんが後ろで立って見ていたある6歳くらいの男の子は、紺の鉛筆で、書いてある絵を絵の輪郭には関係なく、全部塗りつぶしてしまいました。何かあったのでしょうか?

バックヤード

フェスティバルの終了後は、バックヤード・ツアーとして、水族館の裏側をボランティアの方々が案内してくださいました。波を起こす道具、病気の魚の水槽、餌を準備する部屋などを見せていただきました。
また、ボランティアグループの懇親会もありました。須磨水族園のボランティアグループは水族館と仲良く対等に活動している様子が窺えました。
兵庫県のゆるキャラだそうです。

帰りは同じ方面に帰る人と一緒になりましたので、ついていくと、水族館の近くにJRの「須磨海浜公園駅」があり、そこから三宮で阪急に乗り換えると、朝の交通費より安く済むことが分かりました。阪急と阪神は相互に乗り入れているので、阪急三宮駅を出て阪神電鉄に乗り換える必要はなく、阪急の電車で行く先を乗り換えたりすれば同じように行くことも出来たということも教えてもらいました。また、阪急の電車代は他の電車より安いと思っていたのですが、そうでない場合もあることも分かりました。


いろいろ経験した一日になりました。

2017年1月1日日曜日

初詣 2017 石清水八幡宮

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

1月1日は
 京都府八幡市にある「石清水八幡宮」に初詣に行ってきました。
北千里から石清水八幡宮に行くには、
電車で大阪市内まで南に下がって、
そこから北に行かなければならないので時間がかかります。
阪急電鉄の「大山崎」駅から、
お天気も良いので、ウォーキングをするつもりで出かけました。


大山崎の駅からは5.8km、約1時間13分とのことでした。
歩き始めてすぐに桂川の河川敷が広くて、アスファルトの道路もあるので
近道になるかもしれないとそちらを歩き始めました。
河川敷には背丈が3mくらいの萱が道の両脇に生えていて、
お正月のせいもあるのか、
誰も通っていなくて、とても静かでした。
静か過ぎでした。(ーー;)

桂川を跨ぐ天王山大橋
道を間違えながらも、桂川、宇治川、木津川を無事通り過ぎて、
石清水八幡宮に行くケーブルカーに乗りました。


石清水八幡宮は、伏見稲荷みたいには混んではいませんでしたが、
それなりに混んでいました。










本殿の前に、大きな「矢」が取り付けられているのが印象的でした。

楠木正成公の楠
  境内の塀の外に、大きな楠がしめ縄で飾られていました。
700年程前に楠木正成が奉納したものだそうです。


エジソン記念碑
エジソンが電球を発明したときに
八幡宮周辺の真竹をフィラメントとして使い、
当時は最高に適していたということで、
記念碑が建てられていました。

帰りの道はケーブルカーか、裏参道を通るように指示されました。
上るときにケーブルカーだったので、
歩いて降りることにしましたが、
石の階段で、そのうち終わるだろうと思っていたにも拘わらず、
とうとう麓に着くまで、ずーっと石の階段でした。
足がガクガクしてしまいました。
お年寄りや足の弱い人には酷な階段だと思いました。
また途中、
「石清水」の名前の由来となった「石清水社」や
食事の「松花堂」の由来の松花堂蹟に寄ろうとしたら、
通行止めで行けないようになっていました。
お正月で沢山の人出があることからの処置かと思われましたが、
一言、ホームページなり、
駅なり、神社の入り口なりに
それらの表示があったら良かったのにと思いました。


一の鳥居にかかる「八幡宮」の「八」の字は、
「はちまんさま」のお使いであるという鳩の姿になっていました。

帰りは足がガクガクになってしまったので、
京阪電車の北浜乗り換えで電車で帰ってきました。

初めて行った石清水八幡宮でしたが、
いろいろ経験ができました。

(^.^)