2010年5月1日土曜日

ボーリング 2010

ゴールデン・ウィークになって、息子から急遽帰省すると連絡が来た。
息子が来るならボーリングに行こうということになり、年に1度のボーリング大会(?)となる。
茜は昔したことがあるけれど、最近はしていないという。
桃花は生まれて初めてで、中国ではボーリングに行くのはあまり良くないことだという。
点数は、それぞれ、それなりに・・・でした。
(-_-;)
ボーリングの後は、いつものようにVolksでステーキディナー。
Volksの優待券も今回限りなので、なかなかVolksに行くこともなくなると思う。

今回は3人ともエジプトのヒエログリフの名前入りのシャツを着て「チーム・エジプト」を結成(?)しました。
茜が薄ピンクと白のアジサイ。
桃花が濃いピンクのアジサイをプレゼントしてくれた。
母の日のプレゼントとのこと。
ちょっと早目だけれど、ありがとう!
(^O^)/




2010年4月25日日曜日

Egyptian Museum, Old Cairo

4月17日(土) 
今日は「エジプト考古学博物館」を見て、オールドカイロ地区を見学して、夜中の飛行機に乗って、日本へ帰る。

ホテルの前で、カートゥーシュという囲みの中にヒエログリフで自分の名前を書いてもらったエジプト綿のTシャツを着て、記念撮影。

8時30分から開く「エジプト考古学博物館」に一番乗りしてツタンカーメンのマスクを見ようと行ったら、既にたくさんの団体が来ていた。
博物館内は残念ながら撮影禁止で、カメラは預けなければならない。

ツタンカーメンのマスクは昔日本に来た時に東京に見に行った記憶があるけれど、装飾品類は覚えていなかった。
ニューヨークのメトロポリタン美術館のエジプト展で買ったネックレスで、今回の旅行につけて行ったネックレスとほぼ同じものが彼の宝石類の中の一つとして飾られていたので驚く。
グループツアーなので、観賞時間も限られていて、早足で見なければならなかったけれど、黄金のマスクは2回見に行けた。

ナイル川のそばのレストランで昼食。
同行の人が「水タバコ」を吸うというので、近くの人が試しに吸わせてもらった。リンゴ味というか、リンゴのにおいがする煙で、普通のたばこより煙が柔らかかった。
食後は、オールドカイロ見物。
「ガーマ・ムハンマド・アリ」はカイロのランドマークと言われるくらいで、美しい。
遠くから記念撮影だけをして、ガラスの香水瓶を作るお店に連れていかれて、ハイビスカスティーなど振舞われて、多くの人が香水瓶を購入していた。
Tシャツの後ろにも好きなヒエログリフを書いてもらえる。
"Love Egypt"と書いてもらったけれど、読めますか?
楽しい時は早く過ぎる。
帰国のための飛行機に乗るために、飛行場に行く。新しく作られた飛行場らしく、大きく新しく、立派だった。
行く時には半分くらいの人数だったのに、飛行機はほぼ満席。
アイスランドの火山が爆発してその噴煙でヨーロッパの飛行場から飛行機が飛べず、迂回してエジプトに来た人たちがたくさんいたことを、帰国してから知った。
帰りは追い風らしく、12時間弱くらいで日本に戻れた。
日本を出るときに散りはじめていた桜。帰ってきたときにはもう散ってしまっていてないだろうと思っていたら、まだ咲いていた。
寒い日が続いていたらしく、桜も枝についたままだった。
ともかく、初めてのエジプト
(^O^)/楽しかった

Giza & Khaan il-Khaliili, Cairo

16日(金)朝、
車酔い状態でバスに乗り、パピルスのお店に行く。

パピルスはサトウキビみたいで、外側の皮は竹のように緑で固く、切り口は三角形みたいになる。外の固い皮を取ると、中はサトウキビの中と同じようにスポンジみたいな繊維質のものがあり、それを絞るとほのかに甘い汁になるらしい。繊維質のものを薄く切って押し伸ばし、井桁において圧縮乾燥するとパピルスになるとか。
遺跡の列柱の上部にはこのパピルスの花の部分を模していた物が多かった。

パピルス店でみんなが買い物をした後、いよいよギザのピラミッド見学。

一番大きいクフ王のピラミッドは、B.C.2550年ごろ造られ、本来の高さは146m。現在は頂上部がなくなり137m。頂上には昔の高さを示す棒みたいなものが立っている。
建設当時は白い化粧石で覆われていたが、その後の王が墓などの建設のため剥がして使ったために、ほんの少しの化粧石のみしか残っていなかった。
下の写真は入り口の下に残っている化粧石の一部。

クフ王のピラミッドは入場制限があり入れず、私たちは2番目に大きい、元の高さが143mのカフラー王のピラミッド内部を見学。

中の玄室まで、ほとんど中腰で移動する。
玄室はそれなりに大きかったけれど、ただの部屋という感じ。誰かが何かしたようで、あまりいいにおいはしなかった。写真撮影は禁止。
カフラー王のピラミッドは、頂上部分に化粧石が残っている。このピラミッドの周りには地震の時に崩れたといわれる大きな石がごろごろしていて、何かあったらひとたまりもないと思われた。

私が頂上に触って(?)いるのは3番目に大きいメンカウラー王のピラミッド。元の高さは65mとか。


続いてバスで移動して、3つのピラミッドを望めるパノラマポイントに行く。

パノラマポイントのそばでは、月の砂漠ならぬ、日中の砂漠で乗れるようにラクダが待っている。
ちゃんと躾がされたラクダの足にはしるしが付いているのだとか。
ラクダを引っ張るお兄さんは、家庭内のトラブルを話してくれた。
(-_-;)

近くに露天商というかお店があり、お店の人は何か国語も操って、お客さんを呼び込んでいる。
ここのお店はそんなに強引に買わせようとしないので、話しやすかった。

最後に、スフィンクスを見に行く。
カフラー王のピラミッドとツーショット。

お天気は良く、本来はもう少し暑いと、ガイドのアイマンさんが言っていた。ちょっと暑いくらいだったけれど、ドライだし、そんなに暑くは感じなかった。

ピラミッド見学を終え、午後はオプションツアーで、ほとんどの人が最古のピラミッドを見に行くとのこと。
私はぜひとも地元の人たちのマーケットを見に行きたかったので、またもや別行動。カップルでオプションツアーに行かないという人がいたので、誘って一緒にマーケットに行くことにした。
地下鉄の駅迄に行くのにタクシーに乗ろうと、大通りを横切ることになったのだけれど、この国はあまり信号がないらしく、車が途切れることはほとんどなく、無理やり渡らないと永遠に渡れないという感じ。大通りを横切るのはジェットコースターよりスリルがあるかも。
ぜひとも乗ってみたかった地下鉄は1£E。
ハン・ハリーリという市場に行く。
ここは観光客が多く訪れる場所。活気があって、値切る交渉をして、面白かった。
喫茶店でお茶を飲む。隣に座った少年はアレキサンドリアから来た親子。おとなしそうな男の子だった。
観光客用のお店の隣は地元の人用の市場らしく、お店が出っ張っていて横幅が1mくらいしかない通路をあふれるような人、人、人が通る。その中をまた荷物を積んだ荷車が通るので、つぶされそうになる。
お店の呼び込みの声、雑踏の騒音、こちらもテンションが上がって、面白かった。
買い物にかかる時間はあっという間に過ぎてしまったので、思ったようにお土産も買えなかったけれど、オプションツアーに参加していた人は、一度も自由にマーケットで買い物をしていないので、この面白さが味わえず、かわいそうに思える。

2010年4月24日土曜日

Edfu, Kom Ombo, Aswan

14日はルクソールから南に下がって、エドフ、コムオンボを通って、アスワンに行く。

エドフでは、高さ36mの塔門がある「ホルス神殿」 を見学。

ホルスとはハヤブサのことであり、大きなハヤブサの石像がある。石に彫られた絵も大きなものが多く、石をとても上手に彫って、人間の肌の丸みなどを出している。地元の小学生たちがおしゃれをして、見学に来ていた。 次に向かったのが、コム・オンボ。ここはホルス神とワニの神であるソベク神のために建てられた神殿で、2つの神を祭っているので入り口も至聖所も2か所あり、二重構造の神殿となっている。
次に最終目的地のアスワンで、アスワンハイダムを見学。アスワンハイダムは1970年にドイツとソ連の協力によって完成したもので、ナセル湖と呼ばれるダムの上流は500kmもあるという。
このアスワンの町の駅から「ナイルエキスプレス」というロマンチックな名前の、ガタガタゆれる古い(電車ではなく、汽車でもなく、重油みたいなので走る)列車に乗ってカイロまで行く
。夕方出発し、途中で日没を見ながら北上し、朝にカイロのギザに到着した。
寝ている間にも揺れていたので、次の日はしばらく車酔い状態だった。

Luxor Egypt

13日21:45出発。
関西空港からエジプトのルクソール空港まで向かい風とのことで、約15時間かかった。
翌朝5時ごろ到着。着陸直前まで外は暗かった。
ルクソールは昔テーベと言われ首都であった町で、ナイル川を挟み東岸と西岸に分かれている。

まずは、カルナック神殿。エジプトで最大規模の遺跡と言われ、その中に134本の大列柱が立ち並ぶ。


次のルクソール神殿は、カルナック神殿とスフィンクスが両脇に並ぶ3kmの参道によって結ばれていたけれど、今もその参道は発掘途中だとか。
ルクソール神殿のオベリスクの一本は、その昔腕時計と交換され、今はパリのコンコルド広場にある。

今は修復中なのか、ラメセス2世の顔の部分が置いてあり、なかなかのハンサムさ。

午前中はグループツアーだった。
午後はオプションで西岸観光。西岸はネクロポリス・テーベ(死者の町)と言われ、墓地として利用されてきた場所。見どころは多く、ほとんどの人はオプションに参加したけれど、私は一人旅の人とタクシーをチャーターして行ってきた。二人で行ってもオプションツアーの半額くらいで行けた。
(^O^)/
ただ、タクシー運転手と意思の疎通ができていなかったらしく、最初に行った場所は思っていたところと違い「貴族の墓」だった。(センネフェルらしい)
でも、思いがけず、きれいな壁画を見ることができた。
次に訪れたのは、ハトシェプスト女王葬祭殿。ハトシェプストは女性でありながら付け髭をつけファラオとして君臨した人。葬祭殿は岩壁の傾斜を利用して作られていた。
後ろの岩山を越えた所が「王家の谷」
王家の谷には大回りしていかなければならない。
谷にはツタンカーメンやラメセス3世のお墓がある。ツタンカーメンの墓は100£E(エジプトポンド:約2000円)払うが、さほど大きなものではなかった。中に中学生くらいの小さな黒いミイラがあり、ツタンカーメンのミイラとのこと。彼の黄金のマスクからは想像ができなかった。
王家の谷のお墓の中は写真撮影禁止。
なので、王家の谷のはずれのところで記念の1枚を撮ってきた。
道の先には「ハトシェプスト女王の墓」があるはずだったが、閉まっているとかで、標識さえ出ていなかった。
初めてのエジプト。
オプションに参加せず、ガイドなしでどうなる事やらと思っていたら、英語が通じる感じなので、大丈夫だった。
治安は悪く、スリとか置き引きとか頻発していると、ガイドも同行の人も言っていたけれど、良い人も多く、言われているほどではないと思えた。





2010年4月19日月曜日

行ってきました! ”エジプト”

念願の夢がかないました。
エジプトに4/13に出発し、ルクソール、アスワン、ギザ、カイロと回り、18日に帰ってきました。今回はグループツアーと言うものに数十年ぶりに参加したので、自分の行きたいところに好きなだけ行くことはできなかったけれど、それなりに十分楽しめました。砂嵐があるかもしれないと言われていましたが、それもなく、暑さも少し暑いくらいで、快適でした。
あちこちにゴミが多く散らかっていて、多分数十年前の日本もこんなものだったのかもと思ってみたり、北に行くほど人々の肌の色が薄くなっていたり、北に行くほど干しレンガの家は少なくなり、現代的な建物になっていたりと、北と南の違いも感じてきました。
ゴミゴミした町では、アジアの同じような町の様子また匂いを思い出しました。
心残りはサラダを食べなかったこと。地元の食堂で地元の料理を自分で選んで食べられなかったこと。
二度行くことはないと思うけれど、今度行けたらやはりグループツアーではなく行ってみたいと思っています。

2010年4月9日金曜日

2010 お花見

万博公園にお花見に行く。

1970年にアジアで初めて開催された「日本万国博覧会」から40年がたったということで、記念の展覧会もしていた。
万博公園内は、ポピー、菜の花をはじめ、いろいろな花が咲き乱れていた。もちろん桜の花は満開で、本当に素晴らしかった。

平日だったので、人出もそれほどではなかったのも良かった。
西口の近くに「万葉の里」というのがあり、万葉集の歌が書いてあるボードが表示してあり、その下には芝桜が咲いています。そこもあと1週間か2週間で満開になるのだろうと思いました。 一緒に行った半数の人が、それなりのお歳にもかかわらず、あの広い万博公園内を歩き続け、自然文化園まで観賞したにもかかわらず、ひょうひょうと歩いているのを見て、内心、見習わなければと思った1日でした。
歩いた歩数は約2万歩でした。