2011年6月28日火曜日

カナダ 6  2011

ChrisとLisaの招待で、Mt. Currie Coffee co.のコーヒーショップの前で朝食をとる。皆、話、話、話で、母国語でない言葉での会話には食傷気味。
3人でバンクーバーに戻る。
Erikは合気道の合宿で、コロナというところに飛行機で行くとのことで、彼を空港に送ってから私の学生時代の同級生のパティの家に行く。

犬が3匹出てきた。パティの2番目の娘が家を買い替えて今修理中なので、家族から家具からペット類まで、皆預かっているとのこと。2匹の犬と猫とウサギと・・・。パティの孫のサマンサとスペンサーは大きくなっていた。彼らのお母さんは新しい家のペンキ塗りをしているとのことで、夜中まで帰ってこなかった。

感心するのは、彼らが自分の家の増築やペンキ塗りを自分達でしてしまうこと。



いつものようにドリアノのお得意のスペアリブを夕食にいただく。おいしかった。

娘は最終のフェリーに乗ってビクトリアに帰って行った。

明日は朝の飛行機で日本に帰る。





今回は成田経由で伊丹に帰る。


日本に帰る途中で見えた、雲の上にそびえる「富士山」。


2011年6月25日土曜日

カナダ 5  2011

姪の結婚式当日。
結婚式は夕方なので、それまでの時間Whistlerに観光に行くことにした。



Whistlerは一応観光地なので、まあまあの人出。
Tシャツを買いたいと思ってみていたけれど、観光地だけあり高い。 結婚式はFarm Weddingとのことで、牧場の一部に作られた屋根つきのというか、屋根だけある会場。牧場は野球場何個分もあるような広い広いところだった。 Family pictureを撮るというので会場の牧場に3時に行く。
誰もいない。少し待ったけれど誰も来ない。不安になり電話をしようにも山の中すぎて携帯が使えない。牧場のオーナーの家から電話してもらい、やっと通じたと思ったら、新郎新婦たちは今から会場に向かうとのこと。!!!???
驚いていたら、オーナー夫人が”It’s Pemberton time!”とのこと。

5時頃新郎新婦、親族、友人たちが三々五々集まりだした。
新郎新婦はカメラマンの注文で牧場で写真を撮っているし、お客はそれぞれ自己紹介して,話している。私は昨日からの自己紹介と挨拶ばかりで、英語を話すのiに少し疲れていた。



結婚式を執り行う女性が現れた。丸い穴が沢山開いている服を着ていたのを見て、Erikが、”She takes care of the ceremony and her job is holy, so she wore holey dress!”「あの人は神聖な役職なので、穴の開いた服を着ているのです!」と「神聖」のholyと「穴の開いた」のholeyを掛け合わせて、ダジャレを言うので大笑い。
Ceremony も終わり、receptionになると思ったけれど、新郎新婦はずーっと写真を撮らせている。お腹もすいたし、いつ何が始まるのかと思っていると、やっとおつまみが出て、飲み物も出てきた。簡単にスピーチをする人があって、結局、夕食を食べられたのは8時過ぎ。特に司会進行もなく、田舎の結婚式というのはこんなものなのだろうかと、カナダの大きな蚊に刺されながら思った。

夕食を食べるとしばらくして皆帰りだした。私たちも暗くなりだした道を帰る。山の中なので街灯などない。人っ子一人いない。静かだけれど、静かすぎる。

2011年6月24日金曜日

カナダ 4 2011

朝、若者たちより少し早めに目が覚めてしまったので、散歩に出る。


少し行くと池があるとのことで、そちらに向かうと、池の方から来た人が「クマの糞が落ちていた」と教えてくれた。その言葉を聞いて、池の方に行くのを中止し、姪のコーヒーショップ行くことにした。


お店の名前は”Mt. Currie Coffee Company”
4年前に来た時には、姪のボーイフレンドのChrisが室内の塗装を自分でしたりしてお店を作っている最中だったが、今回は従業員が4人もいて、お客もひっきりなしに出入りしている。順調に行っているようだ。


娘たちも後からきて、コーヒーを注文。


少しドライブしようということになり車を走らせるが、畑、山、時々家、という感じで、町を一歩出たらほとんど人に会うことはない自然ばかり。


あまりにも同じ風景ばかりなのでホテルに戻ることにした。また、鶴とお花の制作続行。
夕方はChrisのお母さんが関係者にディナーをご馳走してくれるというので会場に行く。40人から50人くらいいた。半分近くはChrisの出身地、アメリカのモンタナからきているようだ。 初対面の人は、お互い名前を言い挨拶する。最初の数人は覚えられたけれど、そのうち誰が誰だかわからなくなり、名前も覚えるのをやめた。

Chrisの両親は離婚していて、お母さんは偶然にも前の夫と同じ名前の人と再婚している。ディナーの主催者はお母さんなので、義理のお父さんがこまごましたことを手伝ったり、ゴミを片づけたり甲斐甲斐しく働いていた。実のお父さんは参加者として楽しんでいた。

姪の父親はコロラドから東の方の州に住むいとこと一緒にやって来ていた。

ハンバーグのディナーは美味しかった。
食事が終わって、話も十分できたので、それぞれ帰宅。

ホテルに戻って再び鶴と花作り。
鶴は60羽できたと言ったら、余分に作っておいて、とのこと。
分かりました。
テレビを見ていて、天気予報を告げる女性のお腹があまりにも出ているので、少し驚く。
頑張っているのですね。

2011年6月23日木曜日

カナダ 3  2011

姪が住む、Pembertonに行く。



朝7時過ぎに、娘婿のお母さんを迎えに行き、一緒にフェリーに乗る。彼女は、先に行っている夫に合流するために明日イギリスに出発するとのこと。
バンクーバーに娘婿の妹がいるので、皆でお昼を食べる。中東レバノンのお料理とのこと。 子羊のミートボールにマッシュポテト、豆入りのサラダとナン。これもさっぱりしていた。


二人と別れて、いよいよPembertonに向かう。


途中スーパーマーケット「Osakaya」で買い物。なぜ、大阪屋なのかは、聞く時間がなかった。お菓子とか炊飯器とか、日本の物が沢山あった。


車の中では運転手以外はお花を作った。


カナダに着いた日に「結婚して、どうですか?」と聞いたら娘婿は「すぐ怒らないようになった」という。今迄はすぐ怒っていたとのこと。知らなかった。

バンクーバーでは途中から娘婿が運転手、娘がナビゲーターをしていた。娘の方が車を持っているせいで、バンクーバーには詳しいらしい。
片側3車線の、真ん中を通っていて交差点に入ったら信号が赤になってしまった。交差点の中に止まるのは避けなければならないので、「どっちに行ったらいいの?」と聞いた後、瞬時に彼の判断で右側のレーンに行った。彼が聞いて判断するのと同時ぐらいに娘が「左側」と言った。既に車は右側に行きかけていて、左には行けない状態になっていたものだから、婿が「もう、遅すぎる!」と少し強い口調で言ったら、娘がそれから「左と言ったでしょ!なのにあなたは遅すぎるとすぐ怒る。☆▲※◆▽□※!?!※↑●▼☑!!!」と、ずっと怒っていた。以前よりずいぶん優しくなり、大人になったと思っていたけれど、彼女のすぐ怒る癖は治っていないのかも・・・。

Whistlerの町を通り過ぎ、Pembertonに着く。
4年ぶり。

姪のコーヒーショップの前にはホテルが建っていた。
夕飯は姪の家族、Chrisのお父さんと一緒にとる。
二部屋あるところに娘たちと一緒に泊まる。
時間があったら3人とも、鶴とお花を作り続けた。

2011年6月22日水曜日

カナダ2  2011

お昼前に、娘のホスト・ファーザーだったウォルターが迎えに来てくれた。
彼の家でお昼をごちそうになる。彼の獲ったサーモンのサンドイッチと彼の庭でできた野菜たち。 彼の庭は、いつものようにたくさんの野菜が育っていた。

仕事を終えた娘が迎えに来てくれて、その後娘婿を含め、夕飯に「マヤ料理」を食べた。

マヤ料理を食べるのは初めて。


ホウレンソウにドレッシングをかけたもの、お肉を細かく裂いて味付けしたもの、豆を潰したもの、味付けライスそれにホットチリソース。


全体が柔らかくて、さっぱりしていた。 夜は寝るまで、時間があると鶴を折った。6cm四方の、それも厚めの紙のために少しおりにくい。目が疲れた。


2011年6月21日火曜日

姪の結婚式 カナダ

姪の結婚式の為に、夕方の飛行機に乗ってカナダに行くことになっていた。

ITCのクラブの最終例会の日でもあるので、大きな荷物は空港に送り、朝早く小さな荷物を持ち、途中でその荷物も預け、会場の大阪市中央公会堂に向かう。
クラブ会長としての最後の例会なので、最後まできちんとしなければ・・・と、気が張る。

会長退任のあいさつは次のようでした。

“This year became an unforgettable year for the Japanese people.
I pray for a speedy revival and restoration after the great East Japan disaster .

This is my 2nd term of presidency for our club after more than 10 years.
At the beginning of the presidency, I was bewildered because so many things were new to me. It took me almost to the end of the term to know all the procedures, but I did my best.
Members, I appreciated your patience as I learned.

Meanwhile, in my private life, time flies so fast!
My daughter married last September in Canada; my son married this April; and my niece will marry this weekend. I will fly to Canada this evening and will come back next Tuesday it’s just the day before the Council meeting.

It said the time flies when people get old. I am old enough to know that feeling, and this year is one of the busiest years for me.

As a president of our club, today is the day I was expecting to come quickly.
I am happy to pass the leadership on the next president. I sincerely hope that our club continues on in good condition through the next term and beyond.

Members, thank you very much for your help and cooperation over this term."


無事例会も終えて、飛行機に乗ったのは夕方の5時過ぎ。

飛行機の中から大熊座がとても近く、良く見えた。

今回はサンフランシスコ経由だったが少し早く着き,約9時間30分で着いた。

そこからバンクーバーに行き、同じ21日の3時過ぎに着く。それからバスに乗りフェリーに乗り、娘のいるビクトリアについたのは夜の9時過ぎだったけれど、まだあたりは明るかった。

娘は仕事中とのことで、娘婿が迎えに来てくれた。

娘たちは一軒家を買ったので、引っ越しの準備をしているとのことで、家の中は箱だらけだった。

買った家は築99年。娘婿は誇らしげだった。日本人なら少し考えてしまうけれど、娘婿曰く、昔の建築物は上等の木を使っているので物が良いとのこと。来年100年目になるけれど、○○記念物にはまだなれないそうな。

娘は、姪のレセプションのために鶴を60羽とピンクの薄い花紙でダリアの花をたくさん作ることになっていて、娘婿は花を、私は鶴を折ることになった(折らされることになった)。

2011年6月5日日曜日

公演デビュー

近くの福祉委員会の、高齢者のための昼食会からお声がかかり、「健康フラダンス」を披露することになった。

地元のフラダンスグループは知っている人が多いので恥ずかしいからと、出演を辞退したので、少し離れた地区の"Sweet Sun"のメンバーに出てもらうことにした。

ちょうど都合をつけられた、リリーとスーシ゛ーとジャッキーの3人。 3曲踊ることにしてあり、1曲目はスムーズに行ったけれど、2曲目の音が待てど暮らせど出てこない。CDのディスクがRWで、会場の音響設備が古くて対応しないとのこと。
急遽、曲目を変えて踊る。
3曲とも無事踊れ、たくさんの拍手を頂いて、うれしかった。

「健康フラダンス」は自分たちの健康のためでもあるけれど、地域のためにも何らかのお手伝いをしたいという目的があり、それが達成できたので、とてもうれしい。

地域の方の食べられる食事を出していただいて、おなかもいっぱいになりました。

「また来てくださいね」と言う言葉を頂いて、会場を後にしました。

(^_^)/