2010年7月31日土曜日

茜の帰国

茜が家族と日本旅行を終えて帰ってきた。
大阪→京都→東京→富士山→奈良→姫路→神戸→大阪と、十分楽しんできたとのこと。

お母さんはやはり京都の印象が一番良かったらしい。
弟は皆良かったとのこと。

富士山では雨が降っていて富士山の一部しか見られなかったけれど、雨がひどかったので雨宿りしていた旅館の人が親切に駅まで送ってくれた。
東京のある駅の中でカメラの電池が終わりそうだったので、ベンチのそばで充電していたら警察官が二人来て(ひょっとすると警備員かも)、充電してはいけないと言った。どうしていけないのかわからない。
新宿あたりでは弟がモデルにスカウトされたけれど、8月1日に帰るからできない、と言った。
たくさんの思い出ができたようだった。 簡単な昼食を皆でとって、今年はまだ元気なゴーヤと、いつも元気な風船蔓の前で記念撮影。

8月1日は朝早く出なければいけないので、今日はホテルで荷物整理をするとのこと。
「また来ますね」と茜がさみしそうに言った。
声優の学校に入るときには、また我が家にホームスティさせてくださいとのこと。

茜のお母さんは「フランスに来たときには、我が家に泊まってください」と言ってくださった。
「茜の結婚式にはフランスに行きますから、その時はよろしく」と答えた。
いつになるのかしら。
(^_^)/

2010年7月18日日曜日

茜の家族

茜のお母さんと弟が、フランスから16日に来日した。

茜はお母さんたちと一緒に日本を旅行して8月1日に帰国するので、荷物を整理し、雨の中を郵便局まで送りに行き、またその間にお土産を見つくろったり、USJに行ったり、忙しかった。

17日は京都の祇園祭に行ってきて、三人とも真っ赤に日焼けして、我が家にやってきた。
お母さんも弟も皆おとなしそうな家族だ。


茜がホテルに家族と泊まると出て行ったその夕方に、台湾から「あき」がやって来ていたので、彼女も一緒に夕食を囲んだ。
あきは身体が大きいのに性格はおとなしそう。「しずちゃん」と言ってもいいくらい顔もコメディアンの南海キャンデーズのしずちゃんに似ている。
(^O^)

お母さんはシャネルのNo.5をお土産に下さった。
最近あまり香水をつけていなかったので、これからは時々つけましょう。
(^O^)/

弟は片言の英語を話すけれど、お母さんは日本語も英語も話さないので、常に茜が通訳する。話したいこと、聞きたいことが沢山あるのに、言葉が通じないもどかしさを感じた。
その分、茜の苦労は何倍にもなる。
通訳、ガイド、ホテルの予約、その他諸々、することが多くて夜も十分眠れていないので、「疲れた!」とのこと。
若さで頑張ってください。

夕食が終わり、帰る間際に「茜はとてもいい子で、頭もよく、気も利いて、本当に我が家に来てくれて良かったです」と私が言い、茜が通訳してくれた。
それを聞いて突然お母さんが目頭を押さえ出した。
何が何だか分からず「娘さんはこれからあなたに返しますから・・・」とか言って、茜に通訳してもらおうと思ったら、「お母さんは、私がいろいろ良くしてもらって感激していると言ってます」と茜。
そんなに感激してもらうようなことはしていないのに、と思いながらお別れの挨拶をした。
(-_-;)
今朝、ふと考えた。茜のお母さんは娘のことを誉められたので嬉しくなったのだろう。
子供がほめられるというのは、親にとっては自分が誉められる以上に嬉しいときがあるから。
お母さんの涙の意味がわかったような気がした。
(*_*)



2010年7月3日土曜日

修了式 2010

早いもので、我が家の留学生も、来日してからもう10カ月たつことになる。

今日は修了式。
梅雨の真っ最中なので、朝から雨が降っていた。
修了式には浴衣を着ると張り切っていたけれど、雨のために家からは着て行けず、学校に行って着ることになった。
自分たちで着付けて、上手に着ていた。
(^O^)

今年も涙ぐんでいる人もいたけれど、昨年ほどではなかった。

修了式自体に参加したのは35人で、年々留学生の数は増え、来年は75人近くになるらしい。
人数が増えると対応も雑にならざるを得ないらしく、昨年まで紙ではあるけれどアルバムに入っていた写真は、ナイロン袋に入っていただけ。
ホストファミリーへのお礼も、渡せばいいでしょうという感じで、あわただしかった。
修了式の翌日は、日本語能力試験の日で、二人とも2級を受けるとのこと。
成功を祈る。
(^O^)/

桃花は20日、茜は8月1日に帰国の予定。

2010年6月25日金曜日

三田 (兵庫県)

花菖蒲で名高い、兵庫県の三田市(さんだし)の永沢寺(えいたくじ)という場所にある花しょうぶ園に行ってきた。
色とりどりの、いろいろな名前の花菖蒲が、今を盛りと咲いていた。
園内には、自分で蕎麦を打てる教室もある。
園の前には永澤寺と同じ字を書くお寺があり、お寺の名前は「ようたくじ」と読む。

同じく三田市には、出家し法皇となっていた花山(崋山・かざん)法皇が西暦1000年ごろの晩年に隠遁生活を送っていたという場所が、花山院菩提寺として残っている。
三田の3大名所(?)と言われるのは、しょうぶ園と崋山院と 本格的能舞台があるレストランの「三田屋」だそうで、その三田屋でステーキランチを頂いた。
レストランの内部は250人以上がお食事を出来るという大きなホールで、能楽堂や外の景色とともにとても素晴らしかった。
.
人口11万人と言われているらしい三田市には大きなコンクリート製の屋根つきの橋がある。車は渡れず人が横断するようになっている橋で、有名な人に作ってもらったらしい。相当の費用がかかっているように思えた。
時間的なものもあるのだろうが、誰も通っていなかった。
初めての三田市。雨に降られる前に散策も終わっていて、充実した1日になった。




2010年6月23日水曜日

読み合わせ

今日はCouncilの例会に女優の三林京子さんが講師として来た。

大阪生まれで、父親が文楽をしていたので収入も少なく、生活は貧しかったとのこと。

今は女優のほかに「桂すずめ」という名前で落語も時々しているという。

今日は台本を読んでその出来を彼女に評価してもらったのだけれど、メンバーの上手さに彼女は「何も言うことはないくらいです」と驚いていた。

本当に、役者顔負けのメンバーたちの読み方だった。


家に帰って、中学の時のことを思い出した。

国語の時間に何人かで読み合わせをする授業があり、私としては母親役を感情をこめて言ったら、他の人達に比べて感情を込めすぎたらしく、まわりがざわざわした。
先生は何も言わなかったし、そのあとしばらく他の生徒の見る目が違い、あんなに感情をこめて言わなければ良かったと、とても反省した。

昔はほめて育てるということはそれほど多くなかったし、周りの環境もそんな感じだった。
でも、一生けん命したことを誉めてもらっていたら、私の人生も変わっていたかも・・・。
(-_-;)


2010年6月22日火曜日

ルノワール展 国立国際美術館

大阪の国立国際美術館で開催されている「ルノアール展」を見に行ってきた。
メインは「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」


前回、京都で開催されたルノアール展より内容的には充実していた。
京都の会場の売店では、展示されていなかった「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」のマグカップを売っていて、見ていないのに・・・と少し残念な気持ちでありながらも買ってしまった。
家でマグカップを見ては楽しんでいた。
その絵がこの大阪ではメインで展示されていたのだけれど、マグカップは売っていなかったので、京都で買っておいてよかったと思った。

実際の絵はこの写真より、スカートの青い色がもう少しコバルト色というか緑がかっているような感じだった。
見ていて心が穏やかになるような感じ。

同時に展示されていた「団扇を持つ若い女」の絵も、日本的だと、人気があった。


梅雨に入って、雨が降るような朝だったけれど、絵を観賞して国立国際美術館を出るときには晴れていた。
湿度は高く、歩くのはだるかったけれど、見たい絵を観賞できて、気持ちはさわやかだった。


2010年5月27日木曜日

出雲・松江・米子

ITCの大会のために、米子に行くことになった。
どうせ米子に行くなら、近くの出雲大社や松江にも寄ってこようと、一日早く出発した。

出雲大社は大国主命を祀っていて、おとぎ話の一場面である「大国主命とウサギ」の銅像もあった。
本殿は修復中で見られなかった。
(>_<) 出雲から松江に行く。
松江城は黒くて堂々としていたけれど、どうしても姫路城や大阪城と比べてしまうので、質素でかわいらしいと思えてしまう。

宍道湖の夕日はきれいだとの評判だったけれど、あいにくのお天気で風も強く、可憐なイメージの湖と言うより、荒れている日本海、みたいな感じがした。
いよいよ、目的の米子。
米子の駅は特に何もなく、周りも特に観光するようなところもなかった。
会場のコンベンションセンターが駅から近くて、便利は良かった。
今回は、国際交流委員長としての報告と、スピーチコンテストの審査員補としての役目があった。
米子大会が終わったその日は、皆生温泉に泊まる。
皆生温泉と言っても、海辺にまあまあ沢山の旅館やホテルがあり、宿泊客はその宿泊所で過ごすだけらしく、特に町中にお店があるわけでもなく、海を見に行ってる人もなかった。
今にも降り出しそうなお天気の下では、灰色をした波が沖から押し寄せてきてコンクリートの防波堤にぶつかり波しぶきを上げている。少し怖い感じがした。
夜中も、波のうち寄せる音が地響きのように聞こえていた。
温泉のお湯は透明で熱いくらいだったけれど、疲れた身には気持ちよかった。
少ししょっぱかった。
山陰最後の訪問地は「足立美術館」
庭がきれいとの評判だったので、すごく期待して行った。
確かに、庭はきれいだった。
人工的というか、日本的というか。
窓が額縁のようになっていて、庭が一枚の絵になっている。
でも、人間は建物の中からしか庭を見ることは許されていない。
緑の葉に触れ、色とりどりの花のにおいを確かめながら、植物の息吹を感じ、植物の中を歩くことを想像していただけに、少し残念だった。